Nicotto Town


今年は感想を書く訓練なのだ


三輪の山里(三寺尾の合戦その5)

5.決戦のゆくえ

備中守は、八幡神社の裏山に陣取る晴信の所へ使者を立て援軍を要請した。
それと共に真田弾正を付けて、三郎左衛門とその子源吾丸を人質として送り出した。
仔細をうけた晴信は、真庭城の原加賀守へ倉賀野方面への援軍を要請した。

すると真田弾正は、
「これなるが、範虎よりの人質でございます」

「しかし、これは家臣とその子ではないか」

「は!実は萩原の子ではなく、長野家の娘と安房里見家の子の間に生まれたと言います」

「間違いないか?」晴信は問う

「はい、それがしが箕輪にいたおりに、その子の父に会うております、その母とも」

「なぜそのような子が、木部におる」

「はい、その母とは範虎が室、ゆり姫であるからです」

「なんと、--わかったお主を信じよう、不足はない」

遠くこれを見ている源吾丸は怯え、なぜこのような所に連れてこられたのか分からずにいる。
義父三郎左衛門も、何時かはこの様な事になることを覚悟していた。
武士の子とは、小さいうちから戦に利用され、家を守らねばならぬ定めにあったのだ。

八幡神社の裏山に陣取る晴信は、三寺尾先陣の馬場民部へ事の仔細をしたためた使いを走らせた。
三寺尾では、左翼から原隼人助、浅利民部、小宮山丹後守を前方に広げ中央の真後ろに馬場民部が構えていた。
そこえ主晴信からの伝言を受けた民部は、即座に策をしたためて使番を走らせる。

「後方に狼煙が上がったら、ほら貝を合図に順繰りに退却せよ、馬場が殿を務める」

つづけて

「鏑矢を合図に攻めかかれ、小手先を合わせても押し進むな」

さらに

「真庭城へ向けて右に進み、丘に隠れたら反転して指示を待て」

中央に構えた浅利民部の備えから、ひゅうと音を立てて鏑矢が放たれると戦が始まった。
ここ山名城では、この様子を見ていた範次が狼煙を上げて倉賀野勢の出陣を促す。
これを知りながら、木部場外に在陣する小山田備中守は微動だにしない。
範虎は、
「備中守殿、私の進言をお信じにならないのですか?」

「ふっふふ、わが御屋形様を侮るでない、まあ見ておれ」

難なく渡河を終えた倉賀野勢は、三寺尾の武田勢を後ろから突くべく北上する。
山名城の範次も、城を打って出て間道を縫い三寺尾へ向かう。上杉勢の最上の策である、はずだった。
馬場民部以下四段の備えは、初戦で上杉勢を押したが、後方に狼煙を見るとホラ貝が吹かれ退却を始めた。
演技である。これを見た上杉勢は「武田の兵が怖気づいておる、今が好機じゃ」とばかりに追撃した。
馬場民部は、被害を最小限に殿を務め追撃を支えている。流石晴信の懐刀と呼ばれるだけの事はある。
退却したはずの、原隼人助、浅利民部、小宮山丹後守等の手勢は、北上してくる倉賀野勢を瞬く間に粉砕して、退いて行った。

根小屋七坂七不思議と言い、城山から流れ来る沢が、暴れて土砂を押し流し扇状地を形成している。
度重なる土石流に川床は、平地の屋根より高く押し上げられていた。
馬場民部の手勢は、山名城の麓にある薬師沢までやって来た。
すると最後尾が上杉勢をそれまでとは違い、全力で食い止めた。
そして、合図とともに全力で後退した。
上杉勢は「なんだこれしきで精一杯か」などと高をくくって坂を超えて行く。
後続の上杉勢が続けて坂を超えると、そこには地獄絵図が待ち構えていた。
反転して備えを上杉勢に向けた、馬場民部の手勢が左右から総がかりで攻め立てている。
さらに後ろから続けて押し寄せてくる上杉勢は、先も見えずに罠にはまり込んでくる。
既に先に退いていた原隼人助、浅利民部、小宮山丹後守等の手勢も更にここへ加わって来たのだ。
城を下って来た範次は、これを目の当たりにして驚嘆した。
しかし、後戻りせず上杉家臣木部家の名を背負い突撃して果てた。関東武者と源氏の誇りを守ったのだ。

木部城にあった範虎は、遠くにこの一部始終を見守っていた。
出来れば、父の最後を近場で見届けてやりたかったが、それは叶わない事だ。
増尾新兵衛尉は、小次郎を伴い帰って来た。萩原三郎左衛門も源吾丸を連れて戻って来た。
範虎にとって、これがせめてもの救いであった。

荒船山に夕陽が架かかった。
「まったくひどい一日だった」
「明日からはもっとであろう、--これが生きるという事なのか」
甘楽の谷西方より流れ来る鏑川は、その水面を紅く染め上げていた。
やがて浮世に帳がおろされると、夕陽は悲しみのうちに沈んでいった。


後日談、箕輪落城後に範虎は武田家に仕え、五十騎を任され箕輪城代内藤修理亮の指揮下に入り長篠へ従軍している。
そして武田家が滅亡する時は、勝頼と共に天目山の麓、田野で討ち死にを遂げている。

 《三寺尾の合戦 終わり》




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