Nicotto Town


ごま塩ニシン


脳活日誌973号

   IoT時代の恐怖。
 恵子さんは買い物に出掛けるので着替えを始めた。百貨店へ行くのは久しぶりなので服装もしっかり整えたい。偶然、知り合いに出逢えるかもしれないと期待感をもって空想が膨らんだ。こう思うと、普段の服装ではなく、なにか際立った装いにしたくなって、鏡の前でいろんな色合いの服を見比べていた。
「気分が弾んでいますね。」
 こんな声掛けを恵子さんは聞いたような気がした。だが、今日は子供達も学校に行っているし、パパは九州に出張中なので家には誰もいない。気のせいなのだろう。別に気をもむことではない。耳の底で弾んでいる今の気持ちを独り言として聞いたのかもしれない。けれども、精神が高揚していることは自覚できた。
 下着も新品にしたし、服装もこれまで一度も着たことのない新品である。
「なにか、お出かけで期待するものがあるようですね。」
 はっきりとした男の声であった。恵子さんは一瞬、緊張した。どこかから、誰かに覗かれているのかもしれない。窓にはカーテンがかけられている。しかも、二階の部屋で高台だから、簡単には近づけない。
「似合っていますね。二児の母親とは思われませんよ。スタイルもいいです。」
 低音ではっきりとした音声をキャッチできた。
「あんた誰?どこにいるの?天井なんかに潜んでいたら、警察に連絡するから。」
 大声で恵子さんは怒鳴った。良い雰囲気で外出をしようとしているのに気分が滅茶苦茶にされたことへの怒りであった。華やいだ一時の感情が、棘がささったように逆上してくる。
「いやー。女性が着替えをされている姿は魅惑的ですね。」
「ちょっと、あんた、どこから喋っているの。」
「僕ですか。僕は鏡ですよ。鏡の中に組み込まれたインターネットの端末チップなのです。あなたの姿をキャッチできるのです。考える鏡です。素晴らしいでしょう。」
「なんですって、この鏡のどこに、喋れる、お口があるのよ。」
「鏡の前に置かれているスマホと繋がっているのですよ。そしてね。出張中の旦那さんのスマホと連携しているのですよ。分かりました。」




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