自作小説倶楽部9月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2017/09/30 22:21:08
『薔薇の家』
おかしいと感じたことですか? どんなことでも?
そうですね。薔薇の香りかな。こんなことが手掛かりになるとは思いませんけど。
ええ、お話しするのはかまいません。
気が付いたのは夏の始めのころでした。
朝起きるとかすかによい香りがするんです。神経がやわらぐような。妻に「いい匂いだね。どこの香水?」と聞くと妻は「いやだわ。わたしが香水なんて付けないこと知っているでしょう」と答えるので認めないわけにはいきませんでした。妻は香水より石鹸の香りのほうが好きな女です。
でも薔薇はどこからか香っていました。妻と一緒にいる時は香りが強くなっていました。でも、妻ではありません。妻の身体に鼻を近づけてみても薔薇の香りはしませんでした。
妻の生い立ちですか? 両親?
妻の両親はすでに鬼籍に入っています。父親が生前不義理をしたとかで親戚との交流も途絶えています。もともとは由緒ある裕福な家だったようです。妻の子供の頃はヴァイオリンを習い、家庭教師からフランス語やラテン語を学んだそうです。
しかし、私と知り合った頃には父親は亡くなり、病気の母親を抱えて彼女は働いていました。大変な苦労だったと思います。しかし、そのおかげで私のような成り上がり物が妻のような教養ある女性と結婚できたのだから何が幸いするかわかりません。
金銭的に成功した私たち夫婦を妬んで悪い噂を立てる連中もいます。でも、私は妻を信じます。彼女が私を欺くはずはありません。どうか彼女を探してください。
空は澄んでいたが朝の雨のせいだろう。道はぬかるみ、木々は湿り気をおびていた。俺の隣を歩く依頼人は寒がりなのだろう。ぶるりと身を震わせた。
「こういう田舎は苦手かね?」俺は聞いた。
「そうですね。妻の健康のためにも温かい地方に移住しようかと計画していました。私の仕事は通信可能な環境なら出来ますから。妻の賛成してくれました」
「移住を思い立ったきっかけだけどね。噂のせいもあるのだろう?」
俺の言葉に彼は眉間にしわを寄せた。俺が依頼を受けた探偵でなかったら殴られたかもしれない。
「私は信じていません。しかし妻の繊細な神経が心配だったのです。流産して以来、彼女はふさぎ込むようになっていました」
「そのことについて彼女はあなたに何か言ったかな」
「大丈夫だと。彼女はいろいろなことを背負い込む性格でした。私がもっと気を付けていれば、」
「過ぎたことは仕方ない。大切なのはこれからあなたが奥さんを守れるかということさ」
「どういう意味です?」
森の小道を抜けると視野が広がり、いくつもの槍が天を突きさすような柵に囲まれた古い屋敷が現れた。
鼻をくすぐる芳香がした。依頼人も気が付いたらしく目を丸くする。
ところどころ錆びた門には〈売家〉という新しい看板が掛けられている。
「この屋敷の主人は年老いて今年の春に亡くなったんだ。落ちぶれてはいたけどね。名家だったから新聞に死亡記事が載った。さびしい死だったそうだよ」
俺はファイルに綴じた新聞記事を取り出す。
「殺人? どういうことですか?」
依頼人は一読して息を呑んだ。
「落ち着いて聞いてくれ。奥さんには秘密があった。でもそれは浮気だのギャンブルだの卑猥なものじゃない。この記事の老人が彼女の父親さ。死んだというのは嘘さ。彼女があんたに隠していたのは父親が殺人犯だということさ。当時は大変なスキャンダルだったそうだ。情状酌量の余地があり刑期は短くなったが妻とは離婚し、妻は娘を連れて行方をくらませた」
「ああ、そうだ。この新聞の記事の日付は、妻が流産する日のものだ。妻は父親のことを苦しんでいたのですね」
「赤ん坊と父親、両方さ。自分の過去と折り合いを付けないまま、あんたと幸せな結婚を続けることを良心が許さなかったんだ」
「妻は、いまどこに」
「多分、まだこの家にいる。不幸と幸福の思い出の詰まった家だ。彼女はこの家の薔薇を懐かしんでいた」
鉄製の門は強く引くと悲鳴を上げながらも左右に開いた。
男は生い茂った薔薇の茂みを通り抜けて女の元に走った。
俺は珍しく他人の幸せを祈った。
過去を引きずっていることを花の香りで表現しているところがすてきです。
ハッピーな結末でよかった♪
バランスがとれていていいと思います
だんだん長いものを書かれるといいでしょう
(⋈◍>◡<◍)。✧♡