Nicotto Town


金田正太郎


「風の又三郎 1941」#2-11


 穴の中は二人の体が発する熱で湿度も温度も上がっていた。

「暑いな」

「寒いよりましか」

 哲也は雨が上がれば、誰か探しに来るだろうと座り込んだ。

「清も座れ、体力を温存するんや」

 哲也より小さい清は穴の底に座り足を伸ばした。足先が土の中に少し入った。何か固い物に当たった。

「あれ、この向うは石かな」

 哲也も足を伸ばした。確かに固い。

「そやな、石みたいやな」

 哲也は足先で土を掘ってみた。つま先が細い溝のような物に触れた。

「何やろう」

 上体を起こした哲也は、手で土を掘った。薄暗い中では良く見えないが、文字のように見える。文字を指でなぞってみたが、まだ習っていない難しい漢字のようだ。

「わからんな」

 石、文字。清は肩をすくめて言った。

「それって墓石とちゃうか」

 哲也は清と自分に言い聞かせるように

「こんな所に墓があるって聞いたことないな」

 そう言いながら石から手を放した。

「そやな。こんなところに墓なんかないな」

清は哲也の言葉に安心したのか、それとも気を紛らせるためか話し始めた。

「なあ、哲ちゃんは来年から京都に行くのやろ」

 哲也は土を丸めて言った。

「そうや、おばさんちから高等科に通う。それから陸軍幼年学校を目指すんや」

「武専に行くのとちゃうのんか」

「じいちゃんは、武専に行けって言うてるけどな」

「哲ちゃんちは、武家やもんな」

「お国のために働きたいのや」

「哲ちゃんなら陸軍大将になれるかもな。そやけど剣道と弓は、どうすんの」

「それはそれで続ける。」

 哲也は物心が付いた頃から祖父によって剣道と弓道を指南されていた。代々の慣習として祖父から孫へ伝えることになっていた。父と息子が子弟になった場合より上手くいくらしい。本当に祖先が朝廷に仕えていたのか怪しいのだが、祖父の部屋に太刀が置いてあることを考えれば武士だったのかもしれない。武士も兵士も国のために戦う者なのだから、哲也が陸軍に入りたいと思う気持ちは自然なのかもしれない。しかし、清は知っていた。それが哲也の一番やりたいことではないことを。

「哲ちゃん、また野球やりたいな」

 哲也は丸めた土を交互に右手と左手に持ち替えながら言った。

「京都の学校なら生徒もたくさんいるけどな」

「そしたら野球やれるな」

「そうやったら良いな」

 





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