Nicotto Town


金田正太郎


「風の又三郎 1941」#2-8


「すごい雨だね。父さんたち、大丈夫かな」

 三郎は練炭コンロでサツマイモを蒸していた鈴にそう言った。

「へえ、今日はどこまで行かはったのやろ」

 父の仕事がどういうものか、実際に見たことがないのだが、道なき道を歩いて調査するようなことを聞いていた。今日は逓信省の役人が来るのだから、もうそろそろ戻っても良い頃だ。

「ちょっと見てくる」

「ええ、こないな雨の中を止めときなはれ」

「大丈夫。製材所から出ないよ」

 三郎は鈴が止める間も無く、安全帽を被り、フード付きの外套を羽織った。三郎が向かったのは木材倉庫だった。ここの屋根は民家なら四階の高さになる。三郎は桟積みされた木材を足掛かりに屋根の一番高い所にある傾斜した明り取り窓に辿り着いた。風と雨でガラスが揺れていた。窓の下部に木の棒が有り、これを使って開くようになっていた。三郎は棒を掴んで窓を開いた。雨が吹きこんで来るが、ガラス越しに見るより良く見える。三日前、引っ越して来たとき、父たちは調査の準備に忙しく、三郎は一人で過ごすことが多かった。一人で製材所を見て歩き、この場所を見付けた。ここは村を一望出来る。緑の棚田や畑と深緑の山々。空に沸き立つ雲。三郎は村の全てを知った気分になった。こんな雨はここに来てから初めてだったが、雨に煙る風景が三郎を幻想の世界に浸っているように感じる。その幻想は二台の自動車によって打ち消された。三郎の視線は水たまりを容赦なく弾き飛ばす幌付きダットサントラックに移った。父たちが帰って来たのだ。トラックが敷地内に入った直後、今度はトヨタAA型自動車がやって来た。「父さんだ」窓を閉めた三郎は材木を駆け降りた。三郎が倉庫を出ようとしたとき、何処かで声が聞こえたような気がした。

「誰?」

 返事が無い。気のせいだろうか。三郎は宿舎に向かった。

 





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