Nicotto Town


金田正太郎


「風の又三郎 1941」#2-7


 そこに鈴が二人分の羊かんと麦茶を盆に乗せて入って来た。照子の前には漆塗りの皿に厚く切った羊かんが二つ、竹製の平たい爪楊枝が添えてある。三郎は明日の授業に体操服が必要なことを鈴に言うために鈴を探していた。そのことを聞いた鈴は、寝る前に枕元に置いておくと言って食堂を出た。照子はここに来た理由を話し、三郎はここに住んでいる訳を話した。そして、製材所は12月になったら作業が始まり、その頃には父の仕事が終わるだろうと三郎が告げた。

「そうなんや。二学期だけこっちに居るのやね」

「はっきり決まってない。調査が早く終わることもあるし、長くなることもあるよ」

 三郎は羊かんを摘まんで口に入れた。照子は爪楊枝で羊かんを刺して口に運んだ。

「美味しい。いつもこんなのを食べてるの?」

 三郎は頭を横に振った。

「これね。今日、日本発送電が来る。その人の分だよ」

「日本発送電ってなに」

「電力会社の親分。来るのは逓信省のお役人」

 日本発送電は半民半官の組織であるが、実質は内閣が握っている。この八月、配電統制令が施行され、電力会社は全て解散、日本発送電は事実上の国営となった。事業の許認可権は逓信省が握っている。今回の調査を監督するために役人が見に来る。そう三郎が説明した。三郎も父からの受け売りで本質を理解していない。電力の国営化は対米戦争の準備であることを。

「ふーん。えっ、そんな偉い人の羊かんを食べて・・・」

「良いよ。ちょっとくらい」

 照子は同じ学年なのに三郎が難しいこと知っていることに驚いた。まるで違う世界から来たように感じた。それに反して羊かんを指で摘まむ姿は幼児のようだ。三郎は麦茶を喉に流し込んで言った。

「ここ良いね。弁当も服装も決まってない」

「どういう意味なの」

「ご飯に梅干し。日の丸弁当にしろって言われる。服装は国民服」

「そんな命令、聞いたことないわ」

「うん、命令じゃないけど。そういう雰囲気」

 柱時計が一つ鳴った。

「うわ、四時半や。帰るわ」

「ああ、それじゃまた明日」

「うん、学校でね」

 

 製材所を後にした照子は、西日を背に家に向かった。東の空には雲が湧きたっていた。まだ夏の余韻が残る陽光が琵琶湖の上に雲を作る。急激に雲が発達して行くのが分かる。夕立がありそうだ。照子は家路を急いだ。その途中、あぜ道で哲也が清と何やら相談しているのが見えた。稔も居るが木の枝で地面に絵を描いていた。照子に気が付いた哲也が照子を呼び止めた。

「和夫を見なかったか」

「四時頃かな。犬とあっちに走って行ったで」

 照子が指さした方向を見た哲也は、

「そうか、だいぶ前やな」

「和夫がどうかしたん」

「犬は戻ったけど、和夫が戻ってないのや」

 どうやら四人でかくれんぼをしているうちに和夫が犬と一緒に居なくなり、犬だけが皆のところに戻って来た。

「和夫は、そんなこと言ってなかったわ。探検って」

「探検やってか。かくれんぼをしているうちに和夫だけ探検ごっこか」

「そうかも。隠れているうちに気が変わったのやわ」

「犬だけ戻ったのはどういう意味やろうな」

 哲也は子犬の顔を見つめた。和夫の速度に付いて行けずに諦めたのか、腹が減って戻ったのか。哲也と清は照子から聞いた話を元に和夫が向かった方向へ探しに行くことにした。照子は稔を家まで送ることにした。

「稔、家に帰ろうか」

「うん、腹へった」

「そうか、和夫もお腹が減ったら戻って来るね」

 その時は軽く考えていた。稔の家まで送った帰り道、急激に発達した雨雲が村の上空に差し掛かった。照子は家まで走った。家に着いた途端、大粒の雨が降り始めた。

 





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