「風の又三郎 1941」#2-6
- カテゴリ:日記
- 2017/04/07 11:28:07
道子を家まで送った照子は畑に急いだ。サツマイモの収穫を手伝うためだ。去年の今頃は始業式早々、発熱のために寝込んでいた。今年は体調が良い。父も母も祖母も無理に手伝うなという。
「ただいま」
照子は畑に飛び込んだ。父はイモを詰めた箱を運んでいた。祖母と母はイモを畑から抜いていた。父はイモを詰めた箱を照子に見せた。
「今年は、ええイモが取れたぞ」
「うん、うちも手伝う」
「照子はええから」
「大丈夫やで」
「そうか、ほなお使いに行ってくれ」
「お使いって何」
父は箱を置いて中から形の良いイモを四つ取り出した。
「これな、製材所に持って行ってくれ」
「製材所って休みとちゃうの」
「いや、おばちゃんが居るし、その人に渡しといて」
「はあい」
イモを麻袋に入れた照子は製材所に向かった。製材所までは歩いて30分。夏の暑さが残っていたが、谷を抜ける風が心地良い。照子はまだ青いススキが並ぶ道を軽い足取りで進んだ。
道半ばほどまで来たところで草が擦れる音が聞こえた。何だろう。音がする方を見た。ガサガサと草が揺れたと思ったら二年生の和夫が顔を出した。和夫の足元から赤毛の小犬がこっちを見ていた。照子はしゃがんで和夫に話しかけた。
「この犬、どうしたの」
「おとうちゃんがもらってきた」
「へえ、可愛いね」
「たんけん、してるし」
「探検ね。それは楽しそうやね」
「もういく」
和夫は子犬と山の方に向かって走り去った。照子はふっと笑った。和夫はいつも走っている。四年生の清でさえ気を抜けば負けることある。もちろん照子より速い。まだ生まれて数か月の子犬では付いて行くのが大変だ。子犬が一生懸命に和夫の後を追う姿が可笑しいやら可愛いやら。
「さて、うちも頑張ろう」
和夫に元気をもらった照子は歩調を速めた。棚田の稲穂が風に吹かれて波のように揺れていた。製材所の屋根が見える。更に照子は速度を上げた。製材所の敷地は、これといった囲いが無い。入口らしいところには、木の杭に立て看板があり、地面には自動車の轍がいくつか付いていた。作業場に隣接している二階建ての宿舎から伸びるブリキの煙突から煙が上がっている。照子は煙突が出ている所に向かった。開け放された窓から中を覗くと割烹着姿の女性が居た。
「すみません。イモ、サツマイモ」
「あれ、お嬢ちゃんが持って来てくれたの」
「は、はい」
「重かったやろう」
女性は窓から袋を受け取った。
「さあ、中に入って一服していきよし」
「は、はい」
照子が案内されたのは作業員用の食堂だった。二十畳敷の部屋に丸い食卓が一つ。照子はそこに座らされた。
「ちょっと待ってや。羊かんがあるさかい」
女性は部屋を出て行った。一人で居るには広すぎる。製材所が稼働しているときは、きっと大勢がここで食事をするのだろう。昔は年中、人が居たらしい。村も人が大勢いて、分校も運動会が出来る程生徒が居たと祖母から聞いた。
「鈴さん」
照子は声がする方向見た。三郎だ。
「あれ、なんでここに居るの」
三郎は照子に近付いて言った。
「それはこっちが聞きたい。僕、ここに住んでいる」