「風の又三郎 1941」#2-2
- カテゴリ:日記
- 2017/03/02 14:14:47
分校の教師は住み込みの男性教師が一人。その他、本校から随時二名の教師が交代で授業を行う。新学期の一日目は始業式だけなので住み込みの教師一人しかいないのが通常だ。教室は一二年生、三四年生、五六年生の複合授業を三つに分けて行う。ただ、入学式や始業式などの行事は一つの教室に全員が集まることになっていた。全校生徒6人は教師が来るのを五六年生用の教室で待っていた。そこへ教師と背広の男性に連れられた少年が一人、廊下を歩いて来た。五年生か六年生か。この辺りでは珍しい折り襟の白い上着に半ズボンの学童服を着ていた。前の学校の制服だろうか。照子は自分の姿を改めて見た。上着は体操服、下は雪袴。他の皆も似たようなものだった。子供たちが注目する中、教師は少年を連れて教室に入った。背広の男性は教室の入り口で待っている。
「皆さん、おはよう」
教師の声に6人が立ち上がった。
「おはようございます」
全員が座るのを待って教師が言った。
「今日から皆さんと一緒に勉強するお友達を紹介します。五年生の渡辺三郎君です」
その少年は教壇の前に出て挨拶をした。
「よろしくお願いします」
三郎の声に合わせるように風が窓ガラスを叩いた。柳の枝が揺れ、土埃が舞い上がる。砂粒がチリチリとガラスに当たった。それは珍しいことでないが、稔が映画と東岳の出来事を思い出したのか、窓の外を見ながら立ち上がった。
「あっ、またさぶ・・・」
又三郎と言いかけた稔を哲也が抑えた。教師は稔が静まるのを待って三郎を照子の隣に座らせた。分校の始業式は校長の挨拶が無く、教師が二学期の行事について説明するだけで終わった。生徒たちは日記帳と学習帳を提出した後、転校生の三郎以外の男子は運動場に飛び出した。じっとしている三郎に一年生の道子が近寄った。
「遊ばへんの?」
三郎は教師の顔をチラチラ見ながら答えた。
「うん、用事があるからダメなんだ」
道子は照子に向かって言った。
「ふーん、用事があるんやて」
「それやったらしょうがないね。みっちゃん、どうする」
「とうきゅうばん、したい」
「そうか、いっつも男の子に・・・」
道子の言葉に三郎が立ち上がった。
「闘球版、ここにあるの」
照子が隣の教室を指さした。
「三四年生の教室にあるけど」
教師は黙って三人のやりとりを見ていたが、教室に背広の男性が入って来た。
「三郎、行くよ。お嬢さんたち、また今度、遊んでやってください」
照子が返事をする前に三郎が言った。
「ごめん、今日はダメだから」
「ええよ、また今度ね」
「では、また」
三郎はそういって男性と一緒に教室を出た。教師が言うには、男性は三郎の父親で建築の仕事をしている。この辺りで発電所を建設するための調査に来たのだ。三郎の母が入院している為に父と共にこっちに来たらしい。結局、照子と道子は二人で遊ぶことになった。闘球版とはカロムとも呼ばれるビリヤードのような遊びで、木製の版と木製の玉を使い二人か四人で遊ぶ。玉は球体ではなく、平たい円筒形のコインのようなパックを使う。
「みっちゃんから打ち」
「うん、いくで」