Nicotto Town


金田正太郎


「風の又三郎 1941」#1-4


 哲也は双眼鏡が大き過ぎて稔の顔に合わないといったことを説明しているのだが、そんなことにお構いなく稔は双眼鏡を取ろうと背伸びをした。そして、いつもの兄弟喧嘩。暴れる稔を哲也が押さえつける。さっきから黙っている清は、何やら心配顔をしている。哲也が本気で稔と喧嘩をするはずもなく、いったい何が心配なのだろう。照子は一年下の清に声をかけた。

「どうしたの」

「うん、双眼鏡が壊れないかなと思って」

「双眼鏡は誰から借りたの」

「うん、おじいちゃん」

「それは、心配やね。けど、すぐに終わるよ」

「うん、そうやな。そうかな」

「哲也もアホとちゃうし」

 その言葉に哲也が反応した。

「誰がアホやって」

「アホとちゃうって、言うたの。それより、稔に貸したり」

 哲也の動きが止まったのを待っていたように稔が双眼鏡を掴んだ。哲也はそれ以上、稔を責めることはせずに言った。

「お日さんを絶対に見るなよ」

 哲也の言葉が聞こえないのか、稔は黙って東の空を見上げた。

「あれ、ひこうき、見えへんな」

 動く対象物を双眼鏡で見るのは意外に難しい。一度目を切った場合、経験を積まないと見失ってしまう。哲也は少し屈んで稔に言った。

「もうちょい右、そうそう、ちょっと上や」

「あ、いた、いた。あっ、何か落とした」

「何かって爆弾か」

「わからん」

 稔は哲也に双眼鏡を渡した。哲也は飛行機の直下、琵琶湖の水面に照準を合わせた。しかし、何も見えなかった。清も照子も琵琶湖に視線を移したが、何かが落ちた形跡がない。爆弾なら水柱が立つはずだ。哲也は稔の頭に触れた。

「稔、ほんまに何か落ちたのか」

 稔は旋回を繰り返す飛行機を指さした。

「ほら、あの下のほうが開いて、ま~るい四角のが落ちた」

「丸い四角やって、何や分からんな」

 黙って水面を見ていた清が耳に手を当てた。

「何か聞こえる」

 風を切るような音が遠くから聞こえてきた。そして、背後でドスンと音がした。それに続き強風が四人を包んだ。

「うわっ」

 一番小さい稔がそう叫んで哲也にしがみついた。

「兄ちゃん、又三郎や」





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