「風の又三郎 1941」#1-3
- カテゴリ:日記
- 2017/02/12 23:07:58
ともかく、四人は東岳に登った。久しぶりの山登りに照子は、途中で何度も座った。
「そやから言うたやろ」
哲也が座り込む照子を睨んでいた。肩で息をする照子は、立ち上がりながら答えた。
「心配ないし。頂上まであとちょっとや。先に行って」
「ふむ」
哲也は弟の稔を呼んだ。
「稔、お前は照子といっしょに後から来い」
「ええで」
稔は素直に従った。三年生の稔が役に立つと思わないが、それでも一人は良いか。照子は先を行く哲也と清の背中を見ながら踏み出した。稔は照子の後を歩いている。
「あ、ひこうき」
稔の声に振り返った照子は、
「え、どこ」
稔は空を指さした。その方向、上空を双発機が飛んでいた。双発機は琵琶湖上空を旋回しているようだ。エンジン音が聞こえないほど高い。
「山の上から見てみよ」
突然、稔が坂道を駆けあがった。
「みのる~ちょっと待ち」
あっという間に稔の姿は消え、照子の声は山の木々に吸い込まれた。
「もう」
照子は稔を追いかけて歩調を早めた。登れば登るほど勾配がきつくなっていく。自分の呼吸音が内耳に響く。もうダメだと思った時、道が開けた。連なる山の向こうに青い琵琶湖の水面が見えた。頂上に着いた安心感から照子は座り込んだ。先に着いていた三人は、照子のことなど眼中に無いようだ。三人は一心に空を見上げていた。見晴らしの良い頂上に吹く風が心地良い。何度か深呼吸をしたが、まだ息が整わない。荒い息づかいを知られるのは悔しい。しかし、いつまでも座っていれば馬鹿にされる。立ち上がった照子は荒い息を悟られないようにそっと近づいた。哲也が双眼鏡で飛行機を追っていた。哲也が得意げに言った。
「双発の練習機みたいやな」
「僕も見たい」
稔は哲也が持っている双眼鏡を掴もうと手を伸ばした。
「ちょっと待て、こっちに向かって来る」
「兄ちゃん、見せてぇな」