うーん、あまりいい思い出は残ってない……かも
- カテゴリ:人生
- 2017/01/25 23:51:18
今回のカテゴリは「人生」
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誕生日の思い出についてブログを書いてみよう♪
ですか……。
誕生日はね、自分が生まれてしばらくは祝日でしたから、学校はお休み。
当日クラスメイトに「おめでとう」と言って貰ったことが無かったの。
自分の誕生日の祝日が移動祝日になった初めての年、
そのときはまだ正社員でしたから、当然のように何の感慨もなくお仕事に出掛けて。
いつものように残業をこなした帰りの地下鉄の中で、
「ああ、今日って自分の誕生日だったんだ……」
と、その日の残りが2時間を切ってるときに気付いたのには、愕然としましたっけ。
この頃は既に体調不振を抱えていて、
週末は内科へ行って点滴を打って貰ってました。
「掛かるべきは内科でなく別の科」だと教えて下さる方が周りにいらっしゃれば、
こじらせる前に専門のお医者様に掛かれて、もっと早くに社会復帰が叶ったのかしら。
今は、家族の記念日
(家族の誕生日・母の日・父の日・両親の結婚記念日)
は、わたしがパウンドケーキを焼かされる口実の日になっていますが。
さすがに
「自分の誕生日に自分がケーキを焼くのは虚しい」
との訴えが通って、1年のうちでその日だけは
ケーキ屋さんのケーキを買って貰える日になっています。
やったねっ!
う、うん……。
わたしが籍を置いていた会社、ハローワークの求人票には
休暇の項にしっかり「誕生日休暇」も在ったのです。
でも、入ってみたら
土曜日が休みになって週休2日に増えたのだから、年次有給休暇は5日でいい
とか、
「派遣」と言うと法に触れるから「支援」と呼んでいる
とか平気で言っちゃう会社で。
わたしは「支援」先の、すぐ人手が欲しい或るチームのボスのお眼鏡に適って、
面接の次の日からお仕事にありつけたので1ヶ月の試用期間を経て正式採用と進めたのですが、
そのせい(?)で、研修も無くいきなり現場でした。
自分の誕生日が巡ってきたのは現場に入って6ヶ月目ですが、
「1週間後にお誕生日が来ますので、休ませて下さい」とは、
とてもじゃないですが、言えませんよね。
この(籍を置いている方の)会社、残業手当は一切出ませんでしたし、
勤めていた期間は半年でしたがボーナスも頂いたことがありません。
「支援」先からは、途中でどんどんピンはねされながら、
わたしの働いた時間分が、残業の割り増し分も含めて、振り込まれている筈なのですけどねー。
(それでも頂いている額は、同じ年に卒業してフリーターを経て正社員に潜り込んだ
経理事務(決算期は午前様か泊り込み)の女性よりも多いときました。
自活したければ、やっぱり
古来より女性がこなすとされている職業には就いちゃ駄目だ、と思ったものです。)
縁が切れたときは、心の底からほっとしました。
当時の「支援」先のボスには、今でも、申し訳ないことをしたと思っていますが……。
凸凹様は、現在はお誕生日にお休みを取ることが可能なのですね。
プロフィール欄に表示されている日がやってきたら、
「今日は凸凹様は(多分)お休み♪」とにやりとしておきます(苦笑)。
日本人の働き方は、先進諸国の中でも情けない程に作業効率が悪いと言われているそうですが、
そりゃ、いつも何かに追われているみたいで、ろくに休みも取らないようでは、
肉体も精神もすり減らしていってしまうよなぁ、と思うのです。
わたしのような者でも勤め先があるような緩やかな社会にならないと、
頑健な人たちが、落伍者の分まで馬車馬の様に働かなくてはいけなくなって、
落伍者側が更に増えてゆくのでは、と思います。
ようにしていると仰ってました。
でもその年の誕生日は、こちらの仕事の都合で出社させてしまって、
悪いことしたなぁと、申し訳なく思いました。
今は、私も誕生日はなるべく休みを取ることにしています。^^