Nicotto Town



「線路は続くよ」

# 道化師の笑顔


汽車が駅に着く

ホームの向こうは、土砂降りの雨。

車内販売員が言う。

「雨で、この先の川が渡れないようですので、しばらくここに停車するそうですよ」


道化師がホームへと降り立つ。



小さな街の小さな駅。

それでも、駅舎の中は、たくさんの人たちが行き交っていました。

「パンは如何ですか~。美味しいパンは如何ですか~」

雑踏の中、パン売りの声が聞こえます。

「やっぱり、こんな日は売れないわね」

ため息交じりの声。


「どうしました?」

道化師が声をかけます。

「こんな日ですからね。みなさん急ぎ足で・・・」

「そうですね。こんな美味しそうなパンなのに」

そう言って、道化師はパンを受け取ります。

「お、こりぁ本当に美味い!」

「ほう、どのくらい美味いのかね」

カウンターの上の人形が言います・・・もちろん、腹話術です。

「そりぁ、こうして球の上で小躍りするくらいさ」

どこから取り出したのか、道化師は、大きな球に乗り、踊りながらパンを食べ始めました。

「あら、危ないですよ」

これを言ったのはパン屋さん。

「大丈夫ですよ・・・おおっと」

球から転げ落ちる道化師。

球が、宙に舞い上がります。

「きゃあ!」

パン屋さんは、慌てて駆け寄ろうとします。

「なあに、心配はご無用。玉も、踊りたくなるくらい美味しいパンなのですよ」

ひっくり返った恰好のまま、見事に足で球を操る道化です。


「ははははは。見事な芸だ。それにパンも良い香りじゃないか。土産に一つ、買って帰ろう」

気がつけば、パン屋産の前には、たくさんの人が集まっていました。

「お母さん、ピエロのパン買って~」

「ねえ、わたし達も買っていきましょうよ。そこのベンチで座って食べたいわ」

「わしらも、孫に一つ買っていこうかの」


・・・

「本当にありがとうございました。おかげさまで・・・」

「あ!怪しいやつ、お母さんから離れろ!」

お礼を言いかけたパン屋さんの前に、男の子が立ちはだかります。

「こら。この人は道化師さん。パンを売るのを手伝ってくれたのよ」

「え?そうなの?ごめんなさい。でも、僕も道化師さんの芸見たかったな~」

「よし、それじゃあ、今からとっておきのをお見せしよう。素敵なナイト君へのご褒美だ」


「道化師さん、こちらにいらしたんですか?」

パン屋親子にとっておきの芸を披露している道化師に、車内販売員が声をかけます。

「申し訳ありません、この雨はしばらく止みそうにないとのことで、何日かここに停車することになりました」


「やった~。それじゃあ、明日もいるんだね。ねえ、それなら僕にも芸を教えてよ。そしたら、お母さんの手伝いも、もっと上手に出来ると思うんだ」

「ダメですよ。道化師さんだって忙しいんだから」

「ははは。大丈夫ですよ。僕の仕事はみんなを笑顔にすることなのだから」



「よし、それじゃあ、君にはジャグリングを教えよう」

次の日、パン屋産の前で通行人に芸を披露したあと、道化師が男の子に言います。

「ジャグリング?」

「まあ、お手玉みたいなものさ。見ててごらん」

道化師は10個のボールを取り出すと、両手で巧みに操ります。

「すごい!でも僕に出来るかな~」

「最初からたくさんは無理さ。まずは2つでやってごらん」

「あ、出来た!」

「よし。なかなか筋が良いぞ。次は三つに挑戦だ」

「わわ。急に難しくなったぞ」

「ここからは練習あるのみだ。出来たら、ひとつずつボールを増やしていくんだよ」


「あの子の我が儘につきあっていただいて、済みません」

男の子の練習を見守る道化師に、パン屋さんがコーヒーと一口パンを差し入れます。

「いやいや。僕も楽しいですから。お母さん思いの優しい子ですね」

「いたずらばっかりで、困ることの方が多いのですけどね」

「男の子はそれくらいの方が良いですよ。それにしても、いつ食べても美味しいパンですね~。それにコーヒーを入れるのもお上手だ」

「あら。褒めてもこれ以上なにもでませんよ」

パン屋さんは赤い顔です。



こんな風にして、日にちが過ぎていきました。

パン屋産の前で芸をして

男の子に芸を教えて

練習を見守りながらお話しして、笑い合って・・・

そして、気付けば、雨は少しずつ、小降りになっていきました。




長く降り続いた雨が止む。

「ヤダヤダ、行っちゃヤダよ~。僕、まだ4つしか出来てないよ。もっと教えてくれくれるって言ったじゃないか~」

ホームに男の泣き声が響き渡る。

「困らせてはダメ。道化師さんには素敵な夢があるのだから。どうぞ、行って下さい」

真っ赤な目で微笑みながらパン屋さんが言う。

「僕は・・・」


ドアの前に立つ車内販売員に振り返り、道化師が言う。

「僕はここで汽車を降ります。今までありがとう」


「いけません!あなたには夢があるのでしょう?みんなを、笑顔にするんじゃないのですかっ」

パン屋さんが叫ぶ。

道化師が、パン屋さんを見つめて言う。

「そのみんなの中に、僕がいてはいけませんか?」




汽車は走り続ける

次はどんな景色が待っているのだろう


つづく




アバター
2016/06/21 16:41
めぷちん♪さん

いつもありがとう♪

このお話
実は、めぷちん♪さんのパン屋さんのブログから思いついたのです

(#^.^#)
アバター
2016/06/20 12:46
今日は~♪

今回の「道化師さんの物語」も~面白いですね~^^
そして胸がほっこりしました~^^

最初は、若いパンの売り子さんと道化師の物語かと思いましたが…
お子さんが居たのですね…
それでお母さんだと気が付きました^^

ただの道化師さんの親切で終わらないで…
素敵な愛の物語に終わり~最後昔を、思い出し…ちょっとドキドキしました^^
話のもって行き方も本当にうまい~
いつも感動と感銘です~(^^)b

最初BGMは「道化師のソネット」が良いかなぁ~と
思っていましたが…
最後は、違う曲が良いかなぁ~と考え直しました。





月別アーカイブ

2025

2024

2023

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011


Copyright © 2025 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.