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安寿の仮初めブログ


『FOUJITA』『母と暮らせば』映画評・修正版


以前から「書いておかなくては」と思っていた二つの映画の映画評。

その一つは小栗康平監督の『FOUJITA』。
画家の藤田嗣治を描いた作品で、
小栗監督の10年ぶりの作品です。

この映画は、藤田という人間の物語を描くものではありません。
藤田という人物を批評することもしません。

むしろこの映画は、
藤田が生きていた空間に
観客を同居させようとしている映画です。

その象徴的なシーンが、
博物館で大きなタペストリーを鑑賞している藤田の姿を追いながら、
私たちも博物館の中に入る鑑賞者の一人となって、
タペストリーを眺めていくシーン。

カメラのレンズは、
正に私たちの目となって、
藤田の後を追いながら、
一つ一つタペストリーを見つめていくのです。

これは不思議な体験でした。

カメラのレンズは
私たちの視線を導く案内役なのです。

藤田が生きた二つの空間、
パリ・モンパルナスの退廃的ですが芸術的な空間と、
戦時期日本の軍国主義において辛うじて芸術が許される空間を、
私たちはそこに居合わせたレンズとなって、
藤田と共有する体験。

藤田という人物を高みから批評するのではなく、
藤田の生きた空間に観客を同席させることで、
藤田という人間を掴ませようとする試み。

そういった表現を映画は試みることができる。

このような表現の挑戦をしている点で
小栗康平という人物はただ者ではないなと思います。



もう一つは山田洋次監督の『母と暮らせば』。
この映画は井上ひさしの名作戯曲『父と暮らせば』と対になる、
(黒木和雄監督で映画化されました)
井上ひさし自身が構想していた『母と暮らせば』。
でも、井上は戯曲を完成させることがないまま亡くなり、
その構想を受け継ぐ形で、
山田洋次監督が自ら脚本を書き、映画化したものです。

『父と暮らせば』では、
広島の原爆でなくなった父の幽霊が、
生き残った娘の前に現れ、
生きていた頃と同じような親娘のやりとりを交わしながらも、
娘の人生の再出発を父が後押ししていく話ですが、
『母と暮らせば』では、
長崎の原爆で生き残ったのは母の側。
死んでいるのは息子であり、
『父と暮らせば』同様、
生きていた頃と同じようなやりとりを
母と息子の間で繰り返しながらも…

しかし、この世で再出発を果たしていくのは、
息子のかつての許嫁であり、
一人残された母は、
息子に導かれてこの世を後にしていくことになります。

亡くなった息子が
この世で幸せになることはもはやありえない。
だから息子の許嫁を、
このまま息子との思い出の中に繋ぎ止めていくわけにはいかない。

そして実際、
息子の許嫁は息子以外の人と新しい幸せを見つけていく。

その幸せの後押しをしていくことは、
死んだ息子と残された母親にとって、
いったい何を意味しているのでしょうか。

それは自分たちには、
もはやそのような幸せを望むべくもないこと。

だから、死んだ息子と残された母は、
この世を後にしてあの世へと旅立っていくことが一つの救いとなる…。

この世で生きていく希望を失い、
死が一つの救いとなるような人々を数多く生み出したこと。

死んだ息子が会いに来てくれて喜ぶような、
生きている人が幸せになっていく度に自らは置き去りされていくような、
そんな哀れな人々を描くことで、
原爆の罪を問う。

そのような仕掛けになっている映画だと思います。

ですから、ヒューマンドラマとして映画は進むのですが、
ラストは結構アンチ・ヒューマンドラマな終わり方をします。

なので最後の合唱シーンは
私としては失敗だったのではないかと思っています。

山田洋次監督としては、
やはり最後は人間賛歌にしたかったのでしょうが、
その表現は安っぽくなってしまったような気がします。

むしろラストは、
この世を離れ、
あの世で息子に迎えられて、
ようやく救われる母親の哀れさを、
描けばよかったのではないでしょうか。

  私たちを置き去りにしたまま、
  次の世界へと進んでいく人間たちのこの世、
  原爆なんか生み出したこの世を離れて、
  ああ~、せいせいした…

  これからはずっと息子と一緒。
  もう誰にも邪魔されない…

  (そしてこのモチーフは、
   小栗康平監督の第一作『泥の河』と同じモチーフですね。
   戦争の傷を抱えた人々を置き去りにしたまま、
   どんどんと高度成長を遂げていく日本。
   忘れ去られていく人々。)

この世を諦め、
息子との来世を願う母親の哀れな姿を描いた方が、
そのような人々を多数生み出した原爆を
厳しく問う映画になったように思うのです。





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