Nicotto Town



放課後のセイレーン (1)


セイレーンという怪物を知ったのは最近のことだ

上半身は人間の女性なのだが、下半身が鳥という半人半獣のモンスターだ

いつも海辺の岩の上から、美しい声で歌っている

その声に惑わされた船乗りたちは、そこへと迷い込み

海の藻屑となって死んでいったのだという

けれど同時に腑に落ちない引っかかりも生まれた

その歌声は人を殺すためのものだったのだろうか……

果たして欺き殺すための唄に、人は惑わされたりするのだろうか?

彼女の唄は、どうしても抗うことが出来ない

運命のようなものを奏でているのかもしれない

あの時俺は、数多の船頭たちと同じように

彼女の歌声に引き寄せられていったんだろう

甘く、切なく、それでいて心臓を鷲掴みにされるようなあの気持ち

そうそう忘れられるもんじゃない

今だって気が付くとあのメロディを口ずさんでいる。

けれどその歌声は、本来俺を惑わすためのものではなかったのだろう

セイレーンの話を知った今だから、はっきりとそう思える

あの歌声が俺に向けられたものでなかったとしたら……。



放課後、人影もまばらになってきた校内で

一人残って部活の片づけをしていた俺の耳に、不意に唄が飛び込んできた。

全く知らない歌だった。

歌詞の意味どころか言葉すらわからない

けれど何か心の底を揺さぶるような

お腹の奥のほうが熱くなるような

そんな不思議な歌だった。

「いい唄だな」

素直にそう感じた。

偶然ではない、けれど探していたわけでもない。

足は自然と音のある方へと向かい

気がつくとひとつの教室の前へと辿りついていた。

ドアの隙間から中を覗くと、俺はその光景に息を呑んだ。



美しかった。

間もなく西の空へ沈もうという太陽が

横から当てたオレンジの照明が、見知った横顔を

まるで絵画のように変えていた。

声の主に心当たりがあったわけではない。

けれど心のどこかには 

「もしかすると」 

っていう淡い期待はあったのも確かだった。

その「もしかすると」が合致したからなのか

美しい横顔に物怖じすることもなくするりと声が出た

「よぉ…… まだ帰らないのか?」



俺の問いかけに彼女は唄を止めて、ゆっくりとこちらを見つめた。

その表情に驚きはなかった。

驚きだけではない、およそ感情と呼べるものは一切読み取ることは出来ない。

淡々としていて、いつもと変わらない。

自然だ。

こういう言い方は少し変かもしれないが、いつも以上に自然だった。

「いや、声が聞こえたからさ 

 いい歌だな 

 聞いていると なんかこう胸が切なくなるっていうかさ」

自然な彼女とは対照的に俺は、不自然に言い訳染みた言葉をまくしたてた。

俺の声は彼女に届いていなかったのだろうか?

彼女は机に腰掛けたまま、俺に向けていた視線をゆっくりと窓の外に戻した。

再び横顔が西日にオレンジに染め上げられ少し熱っぽく見えた。

さっきよりも近くで見ているからか絵画のようだった彼女が

写真のように鮮明で、それでいて凄く綺麗に見えた。

目の奥で何かじんじんと響いた。

知らないうちに喉の奥がからからに乾いていた。

唾を飲み込むと俺は予定になかったことを口走っていた。



「……お前 今付き合ってる奴とか居るのか?」

(言っちまった!)

一度放たれた矢が後ろには戻れないように

口から飛び出した言葉は引っ込めることは出来ない。

ならば俺は、この言葉が引き出す彼女の変化を見逃すまいと

その横顔をじっと見つめていた。

けれども彼女は相変わらず外を見つめたままだった。

歌っているときとは違って、全く自然だ。

自然すぎて

悲しいほどに自然すぎて……。

何も言わない二人



沈黙

それがどんな言葉よりも雄弁に答えを語っていた。

ただ静かに 

そうとても静かに 

時間が流れているように感じた。

「……そっか」

しっかりと声になっただろうか?

穏やかな時間が流れていたせいか、不思議と落胆はなかった。 

心のどこかにはそういった予想で、予防線を張っていたのかもしれない。

(んじゃ 俺は帰るとすっかな~)

これだけ言って明るく立ち去ろう。

そう心に決めたが、果たして上手く声が出るだろうか?

カラカラの喉に手を当て少し考えていると

「あの唄」

言葉を発したのは彼女が先だった。

そこにはどんなゆらぎも感じられない。

抑揚のない全く自然な声だった。 

そう全く自然だった。

俺も抑揚の無い声で応える

「うん」

「あの唄は悲しみの唄 

 どんなに恋焦がれても決して叶うことのない

 そんな少女の唄

 誰からも愛されず

 ……そして誰も愛することもない」

彼女も淡々と応えた。

いつもの、

温度のない声

いつもの

自然な声

だが俺の頭の中は、自然ではいられなかった。

全くもって彼女が何を言わんとしているのかが判らなかった。

けれどこの歌はすごくいい歌だ。

それだけはわかった。

俺は慌てて聞き返した。

「なんて言うんだその歌?」

彼女は外を見つめたまま、ゆっくりと応えた。

「その唄の名前はね……」




初夢の続きは side story  『放課後のセイレーン』




「さて今回のネタだが、また七不思議で行こうと思う」

ナベは全員の着席を待って、そう切り出した。

その言葉に暦村の眉はピクリと動いた。

そしてこう問いかけた。

「渡辺 どうも最近耳の調子が良くないみたいでな

 もう一度言ってみてくれ」

ナベはやれやれと少し大げさなゼスチャーをして見せ

「レッキーまだそんな歳じゃないだろ? な・な・ふ・し・ぎ・だ

 七不思・・・」

ナベは全て言いきることは出来なかった。

なぜなら言い終わる前に暦村が彼の口をむんずと塞いだからだ。

「もういい、どうやら悪いのは俺の耳ではなく貴様の頭の方らしいからな」

多分に怒りを含んだ物言いだったが、

ナベは意にも介さず塞がれた口をこじ開け

ゆっくりと深呼吸した後、控えめなトーンで言った。

「今回のはマジで自信ある…。 

 いまだって誰かにこのネタ盗られないか、冷や冷やもんなんだ

 もう一度言う

 今回は前回とは違う、マジのなかでもマジなほうだ」

そして周囲をキョロキョロと窺い、誰もいないのを確認すると

「どうだ、一度だけ俺に乗ってみないか?」

と、暦村と悟の顔を交互に覗きこんできた。

この渡辺という男は、

どうしても七不思議をネタにしたくて仕方がないらしい。

だが暦村は猛烈に異を唱えた。

「たわけが! 前回の恥辱、よもや忘れたとは言わさんぞ渡辺」

掴みかからん勢いでそう食って掛かった。

だがナベは暦村の扱い方はわかっていますよとばかりに

「まあまあレッキー、俺たち 未来眼鏡タッグ の仲じゃないか」

と、メガネのフレーム端を人差し指で少し上に上げて見せた。

だがそのことは、かえって暦村の逆鱗に触れたらしい。

「俺をレッキーと呼ぶな!

 なんだそれは… 未来眼鏡タッグ? 初耳だがお断りだ!

 そして何故お前がまるでリーダーの様に仕切っているのだ!」

一気に捲くし立て、少し暦村の息が切れた。

一触即発……。

まさにそんな雰囲気の二人が同時に悟を見つめた。

「お前はどう思う?」

「え? 俺はいやぁ……」

二人の顔色を見つめ、悟は改めてこう切り出した。

「ナベ、あれは言い訳できんくらいひどかったぞ」

「あれに関しちゃまぁ…だけど今回はマジなんだよ

 ガチでマジでスクープ間違い無しなんだよ」

こいつが、そこまでマジを連発するのも珍しい。

悟は少し興味が沸いて来た。

「それで、どんなネタなんだ?」

するとナベは少し小難しい顔をした後、こう切り出してきた。




「お前ら、セイレーンって知っているか?」








アバター
2015/09/26 19:51
偶然ではない、探していたわけでもない…

このフレーズにドキリとさせられた。
すごく 分るその感覚って。
アバター
2015/09/22 14:37
続きが楽しみです(*^_^*)



月別アーカイブ

2024

2023

2022

2021

2020

2019

2018

2017

2016

2015

2014

2013

2012

2011

2010

2009


Copyright © 2024 SMILE-LAB Co., Ltd. All Rights Reserved.