自作小説倶楽部8月投稿
- カテゴリ:自作小説
- 2015/08/29 16:11:10
『ウソツキな彼と渚の彼女』
入り口の大きな鏡で自分の姿を確認し、目を見詰めた。明るい緑色のワンピースにしっかりした視線。大丈夫だ。恋が病ならあたしは完治した。
その喫茶店はこともあろうに彼との初デートの待ち合わせ場所だ。無神経な男。よりを戻そうなんて言ったらひっぱたいてやる。鏡の隅に彼が見えたので店内に目を向けると黒い衝立を背に彼が座っているのが見えた。向かい合う形になるのにあたしに気づく様子もない。貧乏ゆすりで身体が小刻みに揺れている。嫌な癖だ。顔色も悪い、何だってあんなみっともない男に惚れたのか、今となってはあたしの人生から完全消去したい。
特にウソにはまだ腹が立つ。仕事だの何だの言ってコンパに浮気、デートのドタキャン、付き合っているうちに彼の親族は5回急病、3回葬式もあった。重度の虚言癖があるらしく、職場でついた大きな嘘がばれてクビになったのが1ヶ月前、あたしには有名企業にヘッドハンティングされたと言って引っ越して、一度帰ってきたときにサイズが合わない古臭い指輪をくれたけど以降音信不通。このまま自然消滅かと諦めていたら昨日突然『会って話したいことがある。持って来てほしいものがある』 と強引に呼び出された。
あたしは真っ直ぐ歩いて彼の向かいの席に座る。間抜け男はやっとあたしを見た。
「や、やあ、ひさしぶり。元気だった」
ちっとも元気そうじゃないやつれた顔で彼は言って、あたしの沈黙に構わず話し出した。
「怒ってるよね。ごめん。でも僕もいろいろあったんだ。精神的にもまいっちゃって落ち着きたかった。決して君との関係を自然消滅させようなんて考えなかった。その証拠に君にこの前会った時に指輪をプレゼントしただろう。あの指輪を持って来ているね。
理由はもちろん説明する。
指輪の元の持ち主が返してくれって言ってきたんだ。この際正直に話すよ。
実は指輪は拾ったものなんだ。
僕が引っ越したK市は海がきれいなところでね。気分が晴れない時はよく渚を散歩した。そのうちに知り合った人が砂浜で何度も財布や貴重品を拾ったことがあるって言うからマネしてみた。そして拾ったのがその指輪さ。売るより君の心をつなぎとめようとしたんだ。
君に指輪を贈ってから2、3日してね。拾った場所で変な女がうろうろしていた。黒髪が腰より下まであってなんだか全身しめっぽい感じ。通り過ぎようとしたら話しかけてきた。『私の指輪をしりませんか』 って。『知らない』 って答えて慌てて逃げたよ。
気味が悪くなって渚には行かなくなった。それなのに女は僕のアパートを訪ねてきたんだ。『ウソつき、指輪を返せ』 って。ついには毎晩、天井から僕の顔を覗き込んで『返せ。返せ』 って僕を責める。
指輪は彼女が生きている時に大切な人から贈られたものらしい。このままだと僕は彼女に殺される。いや、僕の気が変になる。お願いだ。指輪を返して下さい。」
あたしは指輪を彼に投げつけて立ち上がった。彼は転がった指輪を追って無様に床に這いつくばる。
まったく。ウソツキ。渚で会った女? 新しい女に決まっている。新しい女が出来て、あたしに贈った指輪が惜しくなったんだ。
喫茶店を出ようとして大鏡に彼が椅子に戻るのが見えた。そしてその背後に女が座っている。長い髪に隠れた灰色のブラウスがなんだか汚れている。まさがあれが新しい女? と、その時、女が振り向いてあたしを見た。髪が顔にかぶさっているのにねっとりした視線を感じる。そういえば彼の後ろに人が座れるようなスペースはあったっけ? やだ、首が変な角度に曲がってる。
喫茶店のドアがガランと音を立てて何も知らないお客が入って来た。その一瞬、あたしは反射的に外に飛び出して走った。その日は残暑の日差しにも構わず、明るい道を歩き回った。
それっきり。彼には会っていない。
なんだろう
この爽快感^^
来月も楽しみにしています^^
ヒロインは厄介ごとに首をつっこまずにすんで
よかったと思いました
好評!
一歩間違えれば、失意の「あたし」がその幽霊になっていたところ
あるいみ絶望的なスチャラカマンでよかった元カレです
最後にほんとうのことをいったけれど……
おそろしい目にあったという……(((@@;
しかし相当思い入れのある指輪だったんだろうなぁ。
それにまつわることで海に入る原因になったとか。
幽霊さんの背景をいろいろ想像してしまいます。
渚であった女は、元カレの新しい女か幽霊か、嘘つき男は最後にどうやらほんとうのことをいって取り殺された。あるいは、嘘つき人生を地下鉄通路の段ボールのなかで凍えて閉じる。――そちらのほうが残酷でもあると思いました。