自主憲法制定と護国民階級制度の成立、栄誉ある戦闘可能国家への転身までを扱った第一巻に続き、この巻では２０３５年以降を三期に分けて概観している。一部にデータの偏向が見られるが、初級学習者に向く好著と評してよいだろう。

第一部は我が国が高齢化と財政破綻を解決するため、後進世界に先駆けて制定した『機能不全個体資源化法』施行までの道のりが中心となる。通称ソイレント・グリーン法と呼ばれ、食糧問題と環境問題、さらには資源不足までを一挙に解決しようとしたこの革新的な法案はしかし、２０２９年の戦闘憲法国民審査に反対票を投じ、マイナンバーから永久抹消された三流賤民のヒステリックな暴走と反体制シルバーテロを引き起こした。読者は当時上級護国民が直面していた困難に触れ、まだ未熟だった量子生物学の初期の実験成果だった、遺伝子内の生体年齢を不完全ながら読み取り還暦を過ぎた生体に９３％の確率で致死性痙攣を引き起こす量子ウイルス、通称『節税くん１号』を使わざるを得なかった厚生教導省の決断の正当性を理解するであろう。

第二部では２０５０年の遺伝子塩基和声法制定と、人工塩基ドナミン（D）、エオリシン（E）を用いた護国遺伝子改善計画の足跡を辿る。アデニン（A）、チミン（T）、グアニン（G）、シトシン（C）四種の塩基のうち、Tのみが和声構造に含まれないため異常共鳴の原因となり、反戦、博愛、感情移入、共感などの各種精神障害の遠因になっていたことがこの時初めて判明し、塩基純正律和声化と護国精神健全化のため、人工和声塩基の開発と新生児への強制接種が国家プロジェクトとして始動した。研究者はＡ、Ｇ、Ｃに加えてＤとＥの二つが必要なことを明らかにし、通称ペンタトニッカーと呼ばれるようになった。現代の我々の遺伝子がＣＤＥＧＡ（ドレミソラ）５個の塩基構造を持ち、不協和音に起因する精神障害から解放されているのはペンタトニッカーの古代歌謡研究（主に演歌）の成果である。著者は、地下反体制音楽テロリストが用いた不協和音発生デバイスの古い広告のコレクターであり、当時の反体制派が神とまで崇めた邪悪なデバイスの写真を豊富に掲載している。読者はファズ、フェイザー、フランジャー、リングモジュレーター、オートワウ、ミクストンプ等、当時ペンタトニッカーや護国民を脅かした恐るべき音響破壊兵器の数々を見て戦慄を禁じ得ないであろう。蛇足ながら、犬と小鳥と子供の登場する古代米国人気漫画において小鳥のキャラクターが常に結末で抹殺されるのは、小鳥の名が『ウッドストック』という、古代の精神障害的非護国音楽イベントを想起させる名称であることが理由である。

第二十八次公職選挙法改正により参政権を得た四歳児によって旗揚げされたアンファンテリブル党の活躍が第三部の中心である。２０５８年の総選挙において当時与党だった純正和声党を僅差で破り第一党となったアンファン党構成員は、ペンタトニッカーの塩基和声法に基づく純正律和声遺伝子導入の副産物として、海馬に電磁波送受信シナプスを発達させ、受胎後３か月で各種電子デバイスとの完全相互交信機能を獲得した初めての世代であり、我々の直接の祖先でもある。出産前から全電子データにアクセスし思考シミュレーションを行う能力を持つ彼らは、誕生後２か月で護国民知性検査に甲種合格するだけの論理判断能力と教養を発達させていた。組閣後ただちに野党を効果的かつ迅速に排除し『幼年者家長法』『幼体生殖法』『一個体電子多人格標準法』『長寿犯罪法』『核家族法（正確には中性子爆弾所持義務化法）』等が矢継ぎ早に制定され、満十八歳以上を栄誉ある資源槽送りとする現食糧自給体制を確立したこの時期を振り返るにあたり、ややもすると著者はメランコリックな表現を用いて、資源槽に赴く終期護国民に焦点を当てがちである。終期男女のペンタトニック逸脱通信集（古代電子デバイスでやりとりされたアスキーアートという古代文字が中心）の引用が多い点は残念である。また参考文献として添付された古代退廃文学のリスト（『２０６３年　これが読みたい！　電子悲恋ラノベベスト１００００』）は不要であろう。

約７兆ペタバイトという読みやすい分量でまとまっており、価格も２．５生殖行為と手軽である。なお明後日には第３巻『カーニバル期』が刊行される予定だそうで、おもに『情報子』の発見と情報臨界兵器の開発、獣性教育の開始に基づく食糧自給型護国闘争民族の誕生と拡大が中心となるらしい。現在の護国世界闘争を陰で支える永続戦闘宗教国教化に関する未発表データを含むとの予告もあり、来年護国民検査を控えた２歳の方々は、ぜひ手に入れてほしい。