切断ヴィーナスとサブカルの意味
- カテゴリ:日記
- 2014/12/20 09:33:54
以前からとても書きたかった話題なのですが、
非常にデリケートな問題をはらんでおります。
御不快を感じたら遠慮なくお叱り下さい。削除するかもしれませぬ。
今年衝撃を受けたものに、『切断ヴィーナス』という写真集がありました。
生身の体を失った女性たちが、義肢をつけて誇らしげに屹立する。
彼女たちのファッションショーもTVで見たが、何と素晴らしいんだろうと大感激。
満州で片足を失った伯父、バイクで左足を失ったドラマーなど、
知人にもハンデを持つ方がいらっしゃったので、
あまり偏見はないつもりだが、でも色眼鏡で見る部分があったのは否定できない。
そうした偏狭な見方を頭からぶち壊してくれたんです、この写真集。
お叱りを覚悟でこの言葉を使います。「カッコいいー!」
そして、なぜそう感じたのかを真剣に考えてみた。
……SF、サイバーパンク以降のハイブリッド感覚、
アニメやラノベにおける美少女ヒロインの造型。
これか? もしかしたらこれではないか? サブカルが偏見を払拭したのかも?
カッコいいという馬鹿な問題表現はともかく、
「四肢を失った方々の装具が生身を超える可能性」を提示しているのかもしれない。
機能面はもちろん、美的存在としても、人的存在としても。
もしも、なんですけど、コレが世間一般の価値観として定着したなら……
スタートはともかく、サブカルの歴史的意義って物凄いものなのかもしれない。
それは文化の理想的な形だと私は思ってしまいました。
なぜ女性なのか、エロティシズムの問題に過ぎないではないか、
ラジカル・フェミニズムから見たら男性優位社会の偶然の副産物に過ぎぬ等々、
お叱りは全方面から飛んできそうですが、でも書きたかった。乱文ご容赦。
コメント有難うございます。
ファッションショーの特集にも度肝を抜かれました。21世紀ってコレだ!と思ったくらい。
同じころテレビで見た、パラリンピックに挑むアスリートの話にも色々考えることが多かった。
美しい、という意味の根源をシミジミ考えております。
素敵だとしか言いようがない。
同様に戦争から戻って装具を付けていらっしゃる方々の画像もいくつか拝見。
誇らしげな姿に自分の料簡の狭さをチクチク感じてしまいました。
差別なく見られる若者が増えていれば・・・
サブカルもいい意味で存在してて宜しいのではないかしらん。