✪ じかん (前)
- カテゴリ:30代以上
- 2014/11/30 18:36:33
瑠璃は五歳の頃から本物の時計を持っていた。
銀色の懐中時計で、パチッとおすと可愛い音がしてふたが開いた。
文字盤にはアラビア文字で数字が並んでいた、
矢の形をした長い針と短い針だけの品のある時計だった。
子供心に大切にしなければならないものだと、わかっていた。
それはお父さんがなくなる間際に、枕元で瑠璃に手渡したものだった。
死ぬということがどんなものなのか、まだわかるはずもなく、
おばあさんやお母さんが哀しい顔をしていたので、
はしゃいではいけないものだと、そのとき考えた。
お父さんは瑠璃の暖かい手の中に、
手のひらからはみ出すくらいの懐中時計を握らせて手を重ねた。
「瑠璃、お父さんと言ってあげなさい」お母さんが言った。
お父さんには「瑠璃よ、わかりますか、しっかりして」
お父さんは最後に目を開けたようだった。
「お父さん、お父さん」瑠璃は布団をゆすったが答えはなかった。
夜の八時だった。
葬式がすみ。
お母さんは瑠璃を膝の上にのせて、時計をとり出し、
「形見の品だから大切にしなさい」そう言って涙を流した。
時計を見たお母さんは「あらこの時計、八時で止まってる」
お父さんが亡くなったのも八時だった、お母さんは生き物を見る目になった。
「動かすなってことかしらね、そんなことないわょね。
瑠璃、教えてあげるからネジを巻きなさい」
ゼンマイは空っぽで、手ごたえがなく指先でグルグルとリューズをまわすと、
そのうちまわらなくなったかわりにチ・チ・チ・チ・チと歯車が動き出した。
時間が流れ込んだのか、時間が流れ出したのか。
「これはあなたの時間ょ、これから大切に使いなさい」
お母さんは瑠璃を抱きしめた。
その日から一時・二時・三時・四時と時間を覚えていった。
まだ幼い瑠璃には一時間が六十分とか、
二十四時間が一日というのは難しかった。
それよりも起きるのは七時で寝るのが九時、
晩御飯は六時で七時からは好きな番組が始まると言われた方がよくわかった。
そんな、時間という時間が、丸いちいさい時計の中にはいっていた。
一年生になった日。
「入学式にお父さんも連れて行ってあげなさい」お母さんが言った。
「かたみの時計ょ」と言われて瑠璃はにっこりした。
買ってもらったばかりの机の引き出しをあけ、
はがきくらいの木箱をとり出した。
そこには少ないけれど、生まれた時からの思い出が詰まっていた。
木箱に入っているもの、海辺で見つけた桜貝。
河原で拾った白い石、山で拾った鳥の羽。
お父さんの写真、そして銀時計。
手に取ってみると、手が大きくなっていることがわかった。
はじめ、不思議に思ったのは時計が動いていることだった。
もらった時からいくどか、ネジを巻いて遊んだが長い間巻き忘れていた。
その時計が動いている、耳に当てると時を刻んでいる。
「お母さん時計のネジ巻いたの?、これ動いてる」
お母さんはテーブルで朝ご飯を食べていた。
「そりゃあ、動くでしょ時計だもの」
「ネジも巻いてないのに、動いてるんだってば」
「急に持つと動き出すことがあるのょ、それより早く着替えて」
テレビを見ると八時の時報が聞こえた。
瑠璃は新しいスカートをはいて上着を着て、
ハンカチとティシュがポケットの中にあるかどうかを確かめた。
ランドセルを背負った、あとは新しい靴をはくだけ。
出かけるだけになった、
ところがお母さんはおばあさんと話しだし止まらない。
瑠璃は時間を持て余した、というより早く学校に行きたくでうずうずしてたのだ。
時間の流れるのが遅く感じた。
「お母さん、まだ?」
「もうすぐょ」
「ねぇ・・・まだ」
「うるさいわね、もう少しょ」
何度言って時計をとり出しふたを開けてみると、
あれから一時間はたっていると思ったのにたったの五分しか進んでなかった。
テレビの時間を確かめてみると八時三十分を回っていた、
瑠璃は時計をさらに見直した。
時計は八時五分「この時計、こわれてる」
お母さんに見せようかと思いた瞬間、時計の針は八時三十分をさした。
「え、なんなのょこの時計」
一年生の瑠璃は頭が変になったんじゃないかと思った。
お母さんは「ほら、出かけるわょ八時三十分回ってるわ」
瑠璃はその日から気になってたびたび時計を見るようになった。
するとケーキを食べたり遠足に行ったり楽しいことをしている時は速く回り、
その反対にいやなことをしている時は針が気持にそうようにのろのろと進む。
何時何分という時間のほかに、
そういう時間があるのを瑠璃は一年生で気がついた。
そうして、また、二年・三年・・・五年と過ぎて行く。
引き出しの木箱の中には思い出が少しずつ増えていった、
その中には秘密の思い出も混じるようになった。
三年生のとき友達とつかみ合いのケンカをして、
ふたりとも泣いてしまったことがあった。
ビビというその友達とはそのあと親友になったが、
親友になったケンカの思い出につかみ合った髪の毛を交換した。
その髪の毛がハトロン紙につつまれて、箱の底におさまっていた。
また、五年生のころお乳のふくらみが気になりだし、
あるとき、好きな男の子からからかわれた。
でも、誰にも言えないので、
その男の子の名前を書いて木箱の底にしまった。
従妹たちの思い出もあった。
瑠璃はそんな従兄弟たちよりも年上だったため、
いつでも姉さんぶって仕切って遊んでいた。
おはじきや紙人形などを交換したものも、箱の底に眠っている。
瑠璃は春の日ざしを暖かいと感じ、
夏の海を冷たくて気持ちがいいと思い、
秋の空をきれいだと眺め、
冬の風をきびしいと思って首をちぢめた。
朝ご飯にパンをやいてバターをたっぷりしみこませ、
リンゴと一緒に食べると味は口の中でとろけた。
お寿司が好きでタコに目がなかった、
お母さんから安くつくよと喜ばれた。
中華料理では子供のくせに辛いのが好きで、
とにかくなんでも辛くしてもらって食べた。
そんな瑠璃が六年生もあと一月期で卒業という十二月、
とつぜん病気になった。
その日は朝から冷たい雨模様で、
お母さんが朝から風邪薬を病院に取りに行って、
たまたま前の週に受けていた瑠璃の健康診断の結果を知らされた。
素敵なお話し、続きが楽しみです。
明日は、ゆっくり巡回しますネ*^^*
きれいな透明感のある文章で
読みながら 絵が浮かんできました^^
続きをお待ちしています^^
続きはどうなるのでしょう?
ン〜〜ン><
どんな結果が待ってるの??
久し振りの物語にうきうき^^
つづきが待ち遠しい!!