「契約の龍」(107)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/29 23:14:29
ついて行った先は、方向からすると、どうやら奥の方、王族――王の家族、という意味での――の私室があるあたりのようだ。
「…ここは?」
「レイの部屋、だ。…だったところ、というべきかな。今、火を入れよう」
なるほど。眠れる太子、クレメンス大公が災難に遭うまで使っていた部屋、か。そのままにしてある、とは聞いたが。
思ったよりは、小ぢんまりとした部屋だ。どうやら、寝室は別にあるようだが。今、彼が寝かされている部屋よりも、ふた回りほど広い。
ガラスの触れ合う音がしたので、そちらを見ると、国王が手ずからグラスに何か――おそらくは、というか、ほぼ確実に、酒――を注いでいる。
「飲らんか?」
「あまり嗜む習慣はありませんが、せっかくですので、ご相伴にあずからせていただきます」
「そんなに畏まらずともよい、というに」
と国王が苦笑する。
そういう訳にもいくまい。そうでなくてもこの人には弱みを握られているというのに。…色々と。
「…そういえば、先日お倒れになった、と聞きましたが、こんなものを飲んでいてよろしいのでしょうか?」
グラスを手に取って顔に近付けると、かなり強い酒である事が判る。ごく少量、口に含んだだけで、複雑な香りが鼻の方へ抜ける。酒の良しあし、というのが、何を基準にしているのか解らないが。
「無粋な奴だな。いつの話をしている?」
「先々月、の事でしたかね。前にお会いした直前、と聞きましたが」
「その話、あれには…」
「ご自分で口止めされたのでしょう?それとも、政治的判断、というやつでしょうか。いずれにせよ、彼女には知らせていません。…私の口からは」
「そうか。気を遣わせて、すまんな」
「…あ、そういえば、あの時クリスが気にしていた子どもたちは…」
「子ども?」
「ジリアン大公の、孫に当たるんでしたか。あのとき臨月だった、と聞きましたが」
「……あれか」
声が暗い。あまりいい結果にはならなかったようだ。
「生まれた、という報告は、来た。少なくとも、一人は「金瞳」を持っているらしい。だが…」
「……何か、問題が?」
「その後は音沙汰がない。使いを遣ったが、どうやら病弱だとかで、会わせてもらえなかったとか」
「…あのとき、母親の方の具合も悪そうでしたが…その影響でしょうか?」
「さあ、な。専門家に聞かんと判らんな」
「…それもそうですね。この話、クリスには?」
「特に伏せている訳ではない。が…教えた場合、あれがどんな反応をするか分からんからな」
「…そうですね」
「まあ、知らせるかどうかの判断は、貴公に任せよう。今のところ、あれを御せる男は、貴公だけのようだからな」
「御せてなど…」
そんな事ができてたら、今頃こんなとこにはいない……と思う。
「言い方が悪かったか。あれが自分を御してもいい、と思っている相手は、と言うべきだったかな」
そのもってまわった言い方に、内容を理解するまで、数瞬の間を要した。そして、そのほのめかしを理解した時、顔に血が昇るのを意識せずにはいられなかった。
「陛下…お戯れを」
「戯れを言ったつもりはないが。…だが、あれも母親と同じで、なかなか一筋縄ではいかぬと思うぞ。何しろ、わずか半日で、国境の向こうまで逃げてのけるような女の娘だからな」
「…は?国境の、向こう?」
「向こう、というのは正しくない、か。あそこはどの国にも属していないのだから」
どこにも属していない?
「おっしゃる意味が解りませんが」
「そうだな。俄かに言われても解らんだろうな。…貴公は、あれの育った所について、何か聞き及んでおるか?」
クリスの、育った所について?
「リンドブルムが道端に落っこちている森、の事でしょうか?」
国王が破顔する。
「そうだな。その「森」の事だ」
「大したことは…通常のルートで行くと、山越えがあるので恐ろしく日数がかかる、くらいしか…」
あとは…何があったっけ…?クライド・エリオットの話と合わせてみても、場所についての情報はあまり得ていないような気がする。
「あとは…クリスのうちが、最寄りの村から離れている、という事、と…ああ、山を迂回するルートをとる時は、ミード公国を通らないといけない、と」
「ミード?その名前があれの口から出たのか?」
「いえ。単に「こことあまり友好的ではない、よその国」とだけ。周辺の国で、国境審査に手間がかかる、というのはあそこだけだったかと。…違いますか?」
「いや、違ってはいない。確かに並みの人間では、ミードを通らずにあそこへ行くのは難しい。間にあるカルヴェス高地は、地元の山岳民か、山越えの訓練した者でなければ踏破する事が難しい、という話だ。…話を戻すとだな、その森は、この国に在って、この世界に属さない場所に在る、らしい」
「……やっぱり解りません」
5月上旬ですね。
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