Nicotto Town


うみきょんの どこにもあってここにいない


鶴の羽 その2


 もうまもなくお昼をたべてもいい時間だ。ケープ真鶴で食べようと思ったが、営業時間になってもなぜか店が開いていない。あきらめて鶴の羽のあたり、岬の北側へ向かったが、ここには駐車場が見当たらない。当日泊る予定の宿の食事は豪勢、というか量が多いということなので、昼食はざる蕎麦などで、軽くすませることにして、とりあえず湯河原へ向かう。海と離れてしまうなあと、いくぶんそのことを残念に思いながら。
 だが向かった湯河原、その観光目的は、海ではなかったが、水だった。滝だ。不動の滝。落差十五メートルほど。基本的に水が好きなわたしは、滝も驚きにみちた優しさをくれるものだ。けれどもあまり期待しないでいった。旅行ガイドにのっている落差の値などでは、実際どれぐらいなのかわからない。だがきっと小さいのだろうなと思っていた。それでもいいのだけれど、たとえば日光の華厳の滝とかよりは、有名ではないので、なにか知名度と滝の雄大さが比例でもするみたいに、滝も勝手に小さいと思っていたのかもしれない。あるいは埼玉に住んでいたころに、なじみだった黒山三滝。雄滝、女滝、天狗滝。思い入れもあり、好きな滝ではあったけれど、比較的小さいものだ。そのぐらいの大きさかなと、勝手に思っていた。不動の滝の手前に駐車場がある。車をとめて、脇道に入ると、お茶屋さんがある。そこからも見えるが、その奥にとにかく滝。まっすぐに凛とした瀑布。思っていたものと、現実はいつも違う。この違いがいいのだ。それがわくわくであり、残念であったりしても、ともかく想像と現実は違うのだ、違いがあるから、両者はバランスをとって、わたしたちに、ありつづけるのだ。不動の滝は、華厳の滝と黒山三滝の、わたしのなかではちょうど中間ぐらいの感じだった。感動が、というのではない。それはどれにも、いつも感じるもので、比べようがないから。中間というのは、実際の尺度…滝の長さに近いかもしれないが、何かがちがう。けれども、ともかく思っていたよりも落差があった。すっくと立ち上がるような立派な滝。滝壺が気高くしぶきを放っている。轟音というほどではないが、静けさにひびく音。そこから小さな流れがこちらに向かってくる。流れの脇にお茶屋さんがあった。ここで昼食…ざる蕎麦を食べることにする。時刻は一時近い。ちょうどいいだろう。量も時間も。
 このお店では、飲食した人限定で、足湯が利用できるサービスがあった。蕎麦がくるまでの間、足湯を利用することにする。せっかくの湯河原温泉だもの。さきほど磯で、不便に思ったサンダルをここでは、便利なものとして意気揚々と脱ぎ、湯に足をひたす。思ったよりもぬるい。このぐらいがちょうどいい。この思ったより…というのは、想像と現実が違うということをいつも教えてくれるものだ。こうしたときのその差は素敵だ。いつ伊豆の伊東で夏に足をいれた足湯はもっと湯が熱かった。その時の思い出によって、熱いものだと感じたのだろう。伊東の足湯…それもまたかつては現実だった。現実はわたしのなかで体験されることによって、想像に寄りそう。こうしたことでも現実と想像は接し合うのだ。滝の近くの足湯は、この先、いつかどこかで浸すことになる足湯の、想像と現実のかけはしになるだろう。
 足湯にひたってはいたが、暑さがあまり感じられない。それは水辺だからか、標高のせいか、木々のせいか、ともかく、それらすべてがあわさって、だいぶ和らいだ暑さを心地よく思う。涼しいとまではいかない、だが暑くてやりきれないというほどでもない。そんな中途な状態が気持ちよいのだった。
 お蕎麦は意外とおいしかった。食べ終えたあと、今度は足湯ではなく、川のほうへ足をつけに行く。瀬に降りれるようになっている場所が一か所だけあったのだ。
 海では夢想しただけだったのに、ここではいよいよ…。いいのだろうかと思う。だがそんな躊躇のあと、ひたした足は、ここでも、想像と違っていた。もっと冷たいと思ったのだ。その冷たさは、だが幾分拒絶のように攻撃的なものだと思っていたらしい。そうではなく、ぬるいというほどではなかったが、冷たくなかった。それはやさしさを保った冷たさだった。すこしばかり石のうえのコケで、足元がぬるぬるした。注意深くふみしめる。足から流れをかんじる。ようこそとささやくようなほどよい冷たさ。
 湯河原にはいってやはり真鶴の岬でみた木々と幾分何かが違うと思った。名前がわからないからだろうか、もやもやとした感じだが、海から離れたということが感じられる。けれども、それはたとえば埼玉の山のほうとか奥多摩のそれとも違う。どの小説だか忘れたけれど、川端康成の本のなかで、雲は県ごとに見え方が違う、わたしはその雲を全部見てみたい…そう言っていたなと思いだす。木々もおそらく場所ごとに姿を変えて密集してみえるのだ。
 この後、万葉公園によって散策し、宿へ向かう。とりたてて書くことがない。というか、例によって旅行をしてからちょっと時間が経っているので、色々なことをだいぶ忘れている。これも言葉にしなかったから、なのか。言葉で記憶しようとしなかったからか。それだけではないだろうけれど。次の日に訪れた岡田美術館のことは、記憶にとどめているから。ともかく、食事はまあまあおいしかった。お湯も源泉だということ、肌がなめらかになった気がする。宿は駅近くで、温泉街というより、完全に街中だったから窓からの景色は楽しめなかった。そのぐらいだ。その、記憶にある岡田美術館については、また次回。




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