Nicotto Town



駄菓子屋に関して回想す。

駄菓子屋通いの経験無き若人に昔話をすると、
コンビニとおもちゃ屋が一緒になった感じっすよね、などと返されます。
はてはて、似て非なるものとはこれでありましょう。昭和は遠くなりにけり。

まず駄菓子屋が地域社会におけるコドモコミュニティの中核だったことから説明。
一見さんの子供は事実上入れなかったのだ、と説くとけっこう驚かれます。
地元の子供グループに所属するところが第一歩でしたねー。

いわゆる余所者意識も強かったし、誠に政治的な運営が行われてました。
転校生の私は先輩に伴われ、地元の子供達に仁義を切るとこからスタート。
構成員、序列や力関係、世代間抗争、友好グループや対立組織も学習させられた。

各地域に存在する駄菓子屋がどこの派閥のテリトリーか、緩衝地帯かも重要。
入ってはいけない駄菓子屋も存在した。それは『ショバ荒らし』に該当するのです。
神社や寺、公園や空き地にも同様の掟があった。さらには遊びの種類まで細分化。

こうした諸々の通過儀礼学習後、ようやく駄菓子屋への出入りが許されます。
何でも買ってよいのか? トーンデモない。ここにも厳然とした作法が存在。
上級生や幹部のご指導ご鞭撻に従って購入、一部は集団内潤滑油として機能します。

自分のモノにならぬ菓子、メンコやビーダマ等を指示で買って皆に渡す時、
『ヨソモノいじめ』という言葉が脳裏をよぎったが、これは大いなる誤解です。
配分には、長年地元で生きてきた先輩たちの細かい配慮が溢れているのです。

Aの家は晩ご飯が遅くなる。だから菓子も少し多めに食べさせてやる。
Bちゃんはお家が厳しくて、物を貰うと叱られるからお菓子と飲み物中心、
Cはメンコ下手だけど、妹の面倒をよく見てるからメンコの配分は2枚多くする。

ほとんど毎日遊んでいるから、そうした事情が徐々に見えてくる。
『家が金持ち』『親がエライ』『勉強できる』なんて情報は些末事項。
各自がどんな鬱屈やストレスを抱えてるか、それをみんなで共有するシステムです。

駄菓子屋の入荷や在庫に対する配慮もあった。殆ど企業の付き合いレベル。
輪ゴムが大量に売れ残ってると、上級生の指示でくゴム飛びが大流行する。
入荷直後で数の揃わないオモチャは喧嘩にならないよう、しばらく購入禁止、等々。

この手の話を延々続けると感心されます(体育会や暴走族的という反応も多い)。
ふむ、パッと見だと前近代的な上意下達システムに見えますからね。
どうやら現代の若人の体験してきた友人関係とはかなり異なっているみたい。

でも若者向けラノベを読むと、正にこうした関係性が理想とされてる気もする。
子供たちが集団合議で作った不文律に自然と従い配慮しあうのは悪くない。
パパさんママさん、公園デビューと共に駄菓子屋デビューもご一考を。

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2014/07/19 19:39
〉道草小石さん

ツケですと! 身近では聞いたことがありませぬ。異国の王子さまレベルですね。
プロレタリア一直線の我々、遠くの酒屋から一升瓶やビール瓶をかっぱらって基地にストック、
別の酒屋で現金化して駄菓子屋に走るという悪さもしばしばやらかしました。
いやー叱られた叱られた。真夏の物置に半日監禁されたものです。
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2014/07/19 18:17
夫の子供の頃は、駄菓子屋にツケがきいたそうです。
後日、まとめて親が支払っていたそうな・・・
子どもだけでなく親とも信頼がなければそうゆう事は出来ないわけで
地域の結び付きが強いです。(実家のお話)

最近は駄菓子屋さんを見かけなくなりました。
いまごろの子供って、とても忙しいですよね。
わざわざ時間を作って遊ばなきゃいけないので、
かわいそうに思う時があります。




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