伏見稲荷 その1ー京都スピリチュアルツアー
- カテゴリ:自作小説
- 2014/02/07 15:41:42
早朝の京都駅で実留と佳は、旅の最後の日を伏見稲荷大社に決めた。
伏見稲荷は二人とも初めてだった。
実留と佳は会社の昼休みに相談し、安倍の清明・陰陽師ツアーと称した3泊4日の京都旅行にでかけてきた。この3日間、いくつかのスピリチュアルな体験をした後だった。
今朝、ホテルのベッドで目覚めた二人は、ぼおっとしていた。この3日間張りつめていた気持ちがあふれ出て整理できない、そんな感じ。
言葉数は少なく満足感でいっぱいのまま朝食を食べる間、今日の行く先を相談する気分は起きなかった。
東京へ帰る新幹線は夕方遅い時刻だったが、とりあえず京都駅へ来た。
こんなときは、無理やり決めない方がいいんだよねってこと、二人ともよく知っていた。流れに逆らわないでいるとスピリチュアルなできごとはやってくる。気の向くまま、足の向くままだ。
京都駅に着いて、JRの改札で地図を見る。
伏見稲荷の駅が近いじゃない。あの伏見稲荷だよ。不思議がいっぱい詰まっている御山だし、安倍の清明が修行したという清明滝をこの旅の最後に見るのはぴったりだ!
山道は静かだった。
茶屋が左右に並ぶ階段を登って、池に出ると山道は細くなった。
頂上に行きたいのに階段道は降りになっている。
こっちでいいかな?道に迷った感じがして、座り込んで休むことにした。
階段下から150キロはありそうな巨漢の60代の男性が噴き出た汗を拭き、ふうふう言いながら上がってくる。
「すみません。頂上へ行きたいんですけど、この階段を下っていいでしょうか?」
実留が声をかけると、男は無言のまま自分が登ってきた階段を振り返り、小首をかしげた。
いつ梳いたかわからないようなこんがらかった短い髪の毛が汗でぐしゃぐしゃになって張り付いている。頭から噴き出た汗が額を流れ小さな目がきょとんとして実留を見ている。よれよれの紋付き羽織袴は汗じみでぐしゃぐしゃだし、大きな太鼓腹が突き出た腰のあたりで結ばれた袴の腰紐がしどけなく巻き込まれていて、紋がついていなければ寝巻のようにさえ見える。白足袋に草履だけが立派だ。
実留は顔はにっこりしたまま、気持ちは引いていた。
言葉がわからないのかな?いいや・・・変だ!人間じゃないような気がする・・・
うお~、慌てない慌てない
渋い顔になっちゃいそうな口元を引き上げてにこっと笑うと「ありがとうございました」と頭を下げた。
佳のそばに帰って二人で地図を眺める。
男は不思議そうにこちらをじろじろと見ている。
うわお~、こんなときはどうしたらいいんだっけ?
そそ、無視して観光をしなくちゃ!
観光?ええと~
「あ・あの松見てよ、みんなが撫でまわしたのかな、樹の肌がつるつるだわ~」
「このアカマツ~ツルツル~」」
おかしくもないのに二人はあはあは笑った。
男もいっしょに顔面を崩してニヤと笑うとくるりと向きを変え階段を上っていった。
二人は顔を見合わせて驚いた。
「なんだろう?今の」
「狐じゃないよね」
「どちらかといえば狸でしょう」
「伏見稲荷で狸に会うなんて~似合わない~」
「明治時代、狐に化かされたという話を読んだことがある。狸がいても不思議じゃないわ。その人は道に迷ったあげく深草に出たというから、道は広い方を選ぼう!」
自分の言うことが半分本気で半分冗談だ。
今まで素敵なスピリチュアル体験ばっかりだったのに
この展開はいやだ~。
どちらかといえば狐に会いたいよ。
ー続くー