★　父の夢　★



やぁお客さんいらっしゃい。
今夜はまたずいぶん若いお連れさんですねぇ。
え？　息子さん？　こりゃまた、ご立派な息子さんがいらしたんですね。
そうですか、二十歳のお誕生日でしたか。
自分の息子と呑み屋で酒を酌み交わす…いいですねぇ、子供を持った父親の夢ですよね。
さて、今日は何をさしあげましょう？
はい？　何か記念になる酒を？
じゃぁ、一月産まれのお客さんへは……

「ガーネット・キール」

一月は誕生石が確かガーネットなんですよね。
あの深い赤い色の意志、パワーストーンとしても有名ですね。

「キール」と言えば有名な、白ワインとクレームドカシスのカクテルですが、そのカシスの代わりにスロージンを使ってさらに深みのある赤にしちゃうんですよ。
スローというのは暗紫色の《すもも》の事ですね。こいつを漬けこんだリキュールです。
どうです？　見事なガーネットでしょう。

ガーネットは愛と決断のパワーストーンなんですってね。
古くは古代エジプトで守り石として使われた、もっとも古い宝石なんだそうですよ。
石にも意味があるそうで、ユダヤの伝説ではノアの方舟の灯火だったと伝えられるそうです。

なんてね、最近誕生月のカクテルを作ってくれって言われてちょっと勉強してたんですよ。
ガーネットは宝石の言葉が真実とか友情とか勝利なんだそうです。

はい？　センター試験なんですか？
２年留年して？
んで、誕生日の夜だから試験に向けて最後の休息？
そりゃぁちょうどいいカクテルだったかな。
きっとこのガーネットの色の酒が勝利をもたらせてくれますよ。

はいはい、うんちくはこの辺にして、何かつまむもんでも出しましょうかね。

「クリームチーズとグリッシーニ」

ちょっと前にイタリア料理が流行った影響で、日本でもすっかりおなじみになったパンですね、グリッシーニ。
クラッカーみたいな感じで、ちょっと小腹が空いた時のつまみ食いにちょうどいいでしょう。こいつでクリームチーズをすくって食べるんです。
それから、

「グリッシーニ生ハム巻」

いかかですかね？
このパンに生ハムを巻き付けただけなんですけど、これがなかなかイケるんですよ。
でもこればっかりじゃ野菜が足りませんね。
クリームチーズに野菜スティック添えて、生ハムと一緒にパセリも添えて、さぁどうぞ。

息子さん、初めてのお酒ですか？
そうでもない？
いけませんよ、未成年。
でもまぁ今時の若い方はそれなりにお酒と馴染む機会もあるんでしょう。
これから大学入ったらまた呑む事も増えるでしょうしね。
でも今回は大事な試験前、お酒はもうそこそこにしましょうか。

では最後のシメに、１月にとっておきのカクテルを。

「ホット・バタード・ラム」

まずは温めたグラスに、あ、お家で作るならコーヒーカップで良いですよ。
それに黒砂糖を入れてお湯を少し注ぎ溶かして、次にダークラム。
今回はメイヤーズを使いましょうかね。
これを入れて好みの濃さになるよう、お湯で割ります。
最後にバターを溶かしてできあがり。シナモンスティック添えると良いですね。

急に冷えが厳しくなる一月頃に、ちょうど良い具合に体を温めてくれますよ。
試験勉強で疲れた体にも効くでしょう。勿論、仕事疲れのお父さんにもね。
暖かくてちょっと甘い酒は疲れた体をじんわりと癒してくれますよ。

「人の気を静めてくれるものは、ラム酒と本物の信心」

って、昔のイギリスの詩人が描いてますから、ラムにもガーネットと同じように何かしらパワーがあるのかもしれませんね。
他にもコーヒーやアイスクリームに、ちょっと垂らして、風味を楽しむのもいいですねぇ。
大学で彼女ができたら、一緒に楽しむとお洒落ですよ。
はい？　もう彼女いるんですか？
受験生だったのに余裕ですねぇ
まぁ良かったら今度はぜひ、その彼女もいっしょにおいでください。
息子の彼女と三人で軽くおしゃれに呑んで、帰れば奥様の待つ暖かな我が家。
うーん、これぞ父親の憧れってやつですね。
さ、お父さんにも、もう一回乾杯。
息子さんから今までのお返しにって酒を呑みに連れてってもらう日も、そう遠くはなさそうですね。