Nicotto Town


COME HOME


「雨のように」

晴れよりも雨が好き。
まるで肌をチリチリと焼くあの焦燥感のような日差しはどうも苦手。
逆に、全てを洗い流すような雨は好き。
私の感情すべてを攫い、自分という器の中身を空っぽにしてくれるようで、なんだか無に孵った気分。
冷たく打つ感覚も、その強さがたまらない。強いけど、優しい。冷たいけど、温かい。
そんな、雨が好き。

今日も天気は雨。ついでに私の心の中も。
母が死んだ。大好きで憧れの母が死んだ。風邪をこじらせて患った肺炎が急に悪化して、そのままどこかへ行ってしまった。もう会いたくて会えない。三日前にお見舞いに行ったときは、元気に林檎をほおばっていたのに、どうして。

悲しくて悲しくて、小雨が降る中、雨粒に打たれて泣いた。
意外に雨と涙の違いはつくもんで、雫の冷たさで余計頬を伝う涙の熱さが分かる。
ああもう周りの眼なんか気にするか。どうせこの天気だ。気付かれまい。
一人院内のベンチに腰掛け俯き、好きなだけ嗚咽と雫をこぼす。膝の上で握りしめた手の甲に、冷めた熱が幾つも伝い落ちた。

裏切り者。今日はどんなに雨に打たれても、何も起きない。
器の中身は、雨に八つ当たりするしかない感情だけ。どんどん、液体となって外側に溢れていく。止まらない。涙って、どうやって止めるんだっけ。思い出せない。

髪が濡れる。服が湿ってくる。弱い雨だけど、長い間傘もささずにいればそれなりに水分を帯びる。
気持ち悪いけど、火照った体が冷えていくのが分かる。丁度良い。

不意に、雨を感じなくなった。
泣き疲れて機能を失いつつある首を後ろに回す。そこには、中学生ぐらいの女の子がいた。
ピンクのパジャマを着ていて、この病院に入院しているのが分かる。その子が、私に赤い傘を差していた。

「風邪ひいちゃうよ」

眉根を寄せて、心配そうに私の顔を見つめるその子。傘を半分以上私に差し出しているので、華奢な肩は雨にさらされていた。

「ありがとう。でも、ほっといてくれる……」

流石に、こんな小さな子にこの情けない姿を見せたくはない。弱々しく答えれば、その子は反対に強く「だめ」と返した。

「どんなに泣きたくても、一人で泣いちゃだめ。そうしたら、自分に負けちゃうから」

すっと涙が退いていくのが分かった。
この子はきっと、大勢の人に囲まれて病気と闘っているんだな。傘の柄を掴む腕を見ると、痛々しい注射痕を目にした。

「そうだ、ね。頑張らなきゃね」

自分に言い聞かせるように呟く。
そうね、頑張らなきゃ。
それを聞くとその子は雨のようにしっとりと笑みを零し、傘を私に握らせた。

「え、これ……」

その子は何も言わず、有無を言わせない笑みを今度は浮かべ、その場を立ち去って行った。しばらく、その後ろ姿を見送る。
いつもの雨のように私を安らかにした少女は、しばらくすれば役に立たなかった雨の中に溶け込んだ。





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