■近代文藝之研究|講話|ピネロ作……(11)
- カテゴリ:その他
- 2013/10/22 07:43:07
■近代文藝之研究|講話|ピネロ作「二度目のタンカレー夫人」 (11)
そこでオーブレーがいふには、君は彼の婦人を賤しいものゝやうにふけれども、其經歴に同感して見れば憫れむべきである、成程種々の男にも關係はしたらうが、それらの場合に於て全く罪人か惡人かのやうに取扱かはれて、其本性の美しく立派な方面は、それが爲めに隱されて了つたのである。普通の平凡道徳の眼から見ればこそ、不道徳のものともいはれようが、少し高い見識から見てそれは寧ろ憫れむべきもので、畢竟狭い社會から虐待せられて居るものである。自分は其立派なところを認めて、彼女と結婚しようと思ふのである。といふと、ドランムルはそれでは君は平凡世界の道徳の批難は調はぬといふのであるかといふ。オーブレーはこれに答へてさうである、自分は靴を磨く代りに、自分の蹠を厚くして寧ろ自分の本性を尊び、僞善的な道徳をば振り棄てる。といふやうな趣意の激烈な意見を吐く。それで如何なる事情があるとも眞情を以て愛し、また此婦人の中に眞の美を認めて居るから結婚して眞實の美を證據立てようと思ふといふと、ドランムルもそれでは今夜は訣れるが、今後君と再び逢ふ時は、此結婚が立派であつた事を見せて貰いたいといつて歸らうとする所へ、取次ぎの男が入つて來て、今門口にジャーマン夫人が見えましたといふ。時刻は夜の十一時過ぎであるので、オーブレーは友人に對し極まりを惡がるといふ事なぞあつて、やがてドランムルは自分は只人生の見物人であるから、人々が奈何な運命に成行くかと見てゐるのである。願くばそれが幸福な結局であるやうにと思ふ。決して何の主意も抱いては居ないから、君の將來をも美しいものにしてくれと、別れて行く。
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*註1:そこでオーブレーが
原本では文頭は前ページの文末より改行なしでつづいている。
*註2:婦人
「婦」の旧字体。
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*註3:經歴
「歴」の旧字体。「林」が「禾」+「禾」。
*註4:成程
「程」の旧字体。
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*註5:全く
「全」の正字体。
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*註6:普通
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註7:平凡
「平」の旧字体。
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*註8:道徳
「道」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「徳」の旧字体。「心」の上に「一」が入る。
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*註9:いはれようが、
原本には「いはれやうが、」とあるが誤植と思われるので改めた。
*註10:見識
「識」の正字体。
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*註11:畢竟
「竟」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kyou_tsuini.jpg
*註12:狭い
「狭」の旧字体。旁が「夾」。
*註13:社會
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。
*註14:自分
「分」の旧字体。
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*註15:認めて
「認」の正字体。
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*註16:結婚しようと思ふ
原本には「結婚しやうと思ふ」とあるが誤植と思われるので改めた。
*註17:批難
「難」の旧字体。
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*註18:調はぬ
「調」の旧字体。
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*註19:尊び
「尊」の旧字体。
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*註20:事情・眞情
「情」の正字体。「月」は「円」。
*註21:證據立てようと
原本には「證據立てやうと」とあるが誤植と思われるので改めた。
*註22:歸らうとする所
「所」の旧字体。
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*註23:取次ぎ
「次」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/ji_tsugi.jpg
*註24:十一時過ぎ
「過」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註25:運命
「運」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
*註26:幸福
「福」の旧字体。扁の「ネ」が「示」。
*註27:抱いて
「抱」の旧字体。
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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1