Nicotto Town


まゆほん課長の徒然日記


自作小説 『夢見』 その1


 俺の名前は黒乃時人。何処にでもいる普通の高校生だった。
 そう。この日もいつものように学校に遅れないように、家から出て、猛ダッシュで登校する……、はずだった。高く鳴り響くクラクションの音。そして、目の前にトラックが……!

 気が付くと、周りに大勢の人が居た。俺を見て悲鳴をあげる奴らさえいる。失礼な奴らだ。しかし、身体が全く動かない。どうしたものだか。生暖かい血溜りが顔まで伝ってきて、ようやく気付いた。俺はトラックに撥ねられた。そして、もう助からない。

 意識が朦朧とする中、誰かがすぐ俺の傍まで来た。やめろ。もう俺は助からない。しかし、その者の手が俺の頭にふわりと触れた。……女? 何処かで見たことがある。そう思った瞬間、俺の意識は遠のいていった。

「う、うわぁァァァ!」
 こ、ここは……。俺の部屋。そして、ベッドの上。トラックに撥ねられたのは? あれは夢だったのか?

 汗びっしょりになりながらも、あの出来事が夢だったことに安堵した。しかし、リアルな夢だった。まだ血の生暖かい感覚が残っている……。それから、いつものように朝食を食べ、しかし、いつもよりは早めに家を出ることにした。そして、あの悪夢があったせいか、いつもよりも気を付けて登校した。そして、無事に学校に到着した。


 それからはいつもの日常の再開であった。しかし、授業が始まる前、ぼんやりとしていると机の前を女の子が通った。彼女の名前は木葉。今時は珍しい長い黒髪の端正な顔立ちをした日本人形みたいな女の子だ。顔だけ見れば、10人が10人、彼女を美人と評価するだろうが、顔立ちとは裏腹に性格に難があった。
 良いように言えば、深窓のご令嬢。悪いように言えば、無関心女。同じクラスメイトのはずだが、誰とも絡もうとしない。彼女がクラスメイトと話す姿はほとんど見たことがなかった。かと言って、真面目な女の子っていうわけでもない。授業中は居眠りが多いし、現に今も、登校した瞬間に机に突っ伏して寝入っている。夜更かししたか、やる気がないのか分からないが、クラスの皆もまた、そんな態度の彼女にあえて関わろうとはしなかった。
 しかし、彼女の端正な顔立ちのせいか、俺はよく覚えていた。そう。木葉はあの夢の最後に出てきた女の子だ。

 別に彼女に気があったとか、近づきたいと思ってたわけじゃないが、どうしても気になって俺は彼女に話しかけることにした。
「え、えーと。木葉さん? 俺、今朝、君に会わなかったかな?」
「……」
 木葉はむくっと起きて、眠そうな眼で俺を一瞥すると、何も言わず再び机に顔を埋めてしまった。まあ、こうなるだろうことは予想していた。そして、何だか周りの視線も気になってきたので、もう諦めて立ち去ろうと思った。
「ご、ごめん。勘違いだった。俺、変な夢見てさ……」
 そう言って、俺が立ち去ろうとした瞬間。後ろから、木葉に服を引っ張られた。
「な、なに?」
「夢って言ったよね? どんな夢?」
 木葉はさっきと打って変わって俺を凝視してきた。
「あ、ああ。大したことないよ。車に引かれる夢。寝起きは最悪だったよ。でも、リアルな夢でさ。起きた瞬間、心底ほっとしたよ。それで、その夢に木葉さんが出てきたんだよ。それだけ」

 俺は、てっきり木葉に呆れられるかと思ったが、意外にも、木葉は不気味な笑みを顔に浮かべていた。そうしていると、もう彼女はホラー映画にでも出てきそうな不気味な女のように見えてきた。すぐにでも立ち去りたかったが、木葉はまだ掴んだ服を放してくれなかった。
「黒乃君。良かったね。元の身体に戻れて」
 俺はさすがに気味が悪くなって、木葉の手を振りほどいた。
「感謝してほしいくらいよ? だって、黒乃君を助けたのは私なんだから」
 
 それから、その日は案の定、朝の木葉とのやり取りを見ていたクラスの友人たちに弄られることになった。だが、誰も本気で俺が木葉のことを気になって話かけたとは思ってないだろう。俺もそこまでは趣味が悪いわけじゃない。
 それでも、俺は別の意味で木葉のことが気になっていた。いつもならば、誰が話しかけても机に伏せているだけの木葉が、朝の話の時だけ生き生きとして話していたのだ。それにあの最後の言葉……。俺はどうしても気になって、放課後、木葉を呼び止めた。最近、このあたりで通り魔が出るという事で、クラスの中はもちろん、部活をやっている連中も早く帰らされ、学校にはほとんど人が残っていなかった。
「朝の話。どういう意味だったんだ? 俺を助けたって?」
「言葉通りの意味よ」
 普段なら、いの一番に帰宅する木葉だったが、例の話を持ちかけると、クラスメイト達が帰るまで教室に残って、その間も妙に楽しげだった。
「でも。俺は血が大量に出て、絶対助からない状態だったんだ」
「それはそうね。あのままなら、黒乃君は死んでたもの」
「なら、どうやって俺を助けたんだ?」
 木葉は得意げに微笑んだ。俺は、実は彼女が俺をからかってるだけかとも思ったが、どうにも腑に落ちないものがあったので、そのまま話を続けた。
「別にね。黒乃君が信じようが信じまいがどっちでも良いけど」
「信じるか信じないかは俺の勝手だ」
「仰る通り。別に私の夢見話だと思ってもらって構わないわ。むしろ、本当に"夢"なんだけどね」
 木葉はそう言うと、急に真剣な顔つきになった。それから彼女が話し始めたことは文字通り、突拍子もないことであった。

「私はね。実は過去に戻ることが出来るの」




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