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■近代文藝之研究|講話|ピネロ作……(1)

■近代文藝之研究|講話|ピネロ作「二度目のタンカレー夫人」 (1)

     ピネロ作「二度目のタンカレー夫人」

     (上)

丁度イブセンの死んだ後であるから、イブセンの勢力感化の如何に歐洲文藝壇に大であつたかといふ一例ともならうと信じて、茲に英吉利脚本作者の最高位を占めて居るピネロのことを話して見る。
前にもニ三度言つたかと記憶するが、現在の劇作者の中ではフヰリップスとか、バーリーとかいふやうな人々は別として、今少し格の古い人で、最近こそは餘り振はないが、兎も角も斯界の頂點に達して今尚劇作者の首席を占めて居る人は、即ち眞面目なものでピネロ、喜劇でアーサー・ジョーンズの二人であらうと思ふ。ピネロも以前は矢張り英吉利在來の喜劇作者であつたが、中頃から眞面目な社會悲劇ともいふべきものゝ範圍に入つて、一轉化をしたのである。丁度其回轉期に入つたのは、今から十五六年前であつて、即ち此回轉期に入つたことが、一方からいふとイブセン風の劇を作り始めたとの〓[#「こと」合略仮名]である。就中一八九三年に出した「二度目のタンカレー夫人」一八九五年に出した「エブスミス夫人」などいふ作が尤も明白に此回轉期を示したものであつて、同時に此等の作がピネロの最傑作と目されて居る。即ち此等の作は殆んど英吉利の劇壇其ものゝ、近時の回轉期を代表して居るとも見られる。いはゞ英吉利の劇史に重大の關係を有して居る作であるからして、下に先づ「二度目のタンカレー夫人」の梗概を稍詳しく話して見よう。記者自からは丁度兩三年前倫敦で昔初興行の當時之を演つた名女優カンベル夫人といふのが、久し振りで倫敦のニュウ、シャターで之れを復興したのを見たから、今これを原作によつて話さうと思ふ。



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*註1:文藝壇・劇壇
「文」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/bun_aya.jpg
「壇」の俗字体。旁の「旦」部分が「且」。

*註2:茲に
「茲」の俗字体(か?)。Unicode にも文字種がないようなので作字してみた。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/koko.jpg

*註3:作者・記者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註4:前にも・以前・十五六年前・兩三年前
「前」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/zen_mae.jpg

*註5:フヰリップス
スティーブン・フィリップス(Stephen Phillps/1864年~1915年)のこと。イギリスの詩人、劇作家。

*註6:バーリー
ジェームス・マシュー・バリー(Sir James Matthew Barrie/1860年~1937年)のこと。イギリスの劇作家、童話作家、ファンタジー作家。「バリ」と表記されることもある。『ピーター・パン』の作者として有名。

*註7:最近・近時
「近」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註8:達して
「達」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註9:今尚
「尚」の旧字体。「ナオガシラ」は「小」。

*註10:ピネロ
アーサー・ウイング・ピネロ(Sir Arthur Wing Pinero/1855年~1934年)のこと。イギリスの劇作家。社会問題をとり上げ、イギリス近代劇の先駆者とされる。『二人目のタンカリー夫人』(1893年)など。なお邦題は『二度目のタンカリー夫人』『タンクレイの後妻』等あるが、原題は『The Second Mrs Tanqueray』。

*註11:アーサー・ジョーンズ
ヘンリー・アーサー・ジョーンズ(Henry Arthur Jones/1851年~1929年)のこと。イギリスの劇作家。
原本には「アーサー・ジョーンス」とあるが改めた。

*註12:社會
「社」の旧字体。扁の「ネ」は「示」。

*註13:劇を作り始めたとの〓
「〓」は「こと」の合略仮名。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/gouryaku_koto.jpg

*註14:「エブスミス夫人」
原題は「The Notorious Mrs. Ebbsmith」なので直訳すると「悪名高きエブスミス夫人」となる。

*註15:劇史
「史」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shi_humi.jpg

*註16:梗概
「梗」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou_husagu.jpg
「概」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/gai_oomune.jpg

*註17:話して見よう。
原本には「話して見やう。」とあるが誤植と思わるので改めた。

*註18:カンベル夫人
パトリック・キャンベル夫人(Mrs Patrick Campbell/i865年~1940年)のこと。イギリスの女優。離婚後も「Mrs Patrick Campbell」を芸名として使いつづけた。愛称「ミセス・パット」として親しまれた。

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1




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