Nicotto Town


うみきょんの どこにもあってここにいない


猿島 その2


 船着き場からすぐのところが、砂浜になっている。売店などもある。ちなみにあとで知ったのだが、売店に並んでレストハウスがあったらしいのだが、そこが全焼したのだという。現在は更地になっている。
 まず、砂浜ですこし遊ぶ。砂は細かい。灰色の砂だが、きらきらと光っている。砂鉄を含んでいるらしい。こまかいちいさな明るさが、やさしい。それは日差しの、夏よりも幾分弱まった明るさ、それでもまだ十分に暑いとすらいえる、そんな日差しとよく似あっていた。
 砂に打ち寄せる波、波。船の上では、「きれいはきたない」だと思っていた水だったが、こうしてみると、意外ときれいに見えるので、すこし驚く。どちらが本当なのだろう。どっちもたぶんそうなのだ。砂によせる波が澄んでみえた。砂をまきこんでなお。砂と波の文様の数々に、しばらく見ほれる。そして波音。波音とセットになっているのだ。そんな当たり前のことを、思いながら、波音を聞いていた。波を見つめながら。
 このままここでずっと過ごしてしまいそうだ。ポートマーケットでもらった小さなパンフには島内を一周して、かかる時間はおよそ六十分とあった。現在二時位。遅くとも三時四十五分の船に乗って帰らなければ。だからまずは島内散策だ。名残惜しいが浜から離れる。
 浜からすぐ裏が切り通しになっている。蔦がからまる要塞跡の壁。レンガがやさしい色合いをかもしているが、要塞跡、兵舎や弾薬庫の跡だと案内に書いてあるからか、どこか怖い感じがする。実際は使われることがなかったらしいのだが。
 それでも初めての場所だ。しかも来たかった場所。おそらくギャップはあっただろう。たぶん思っていたのはもっと幻想的な島だったはずだ。けれども初めて見る景たち、ということがそのギャップを相殺していた。つまり景の違いにがっかりするということがなかった。切り通しを洞窟のようだと思う。道には真上からの明りしかなく、ほのぐらいからだ。さらにゆくとレンガ造りのトンネルもある。たとえばこうした場所でオカリナ演奏があったのだろうかと思う。音の反響を夢想する。
 船には結構な人が乗っていたはずだが、島内では、思ったほど気にならない。彼らはどこにいったのだろう。海釣りをしている人が多い。あとはわたしのように散策。途中の広場、そして岩場の平たくなったところなどで、どこかで買ってきたらしい弁当を食べている人たちも見受けられる。
 トンビの声、そして空にその姿が。この鳥を見ると海にいるのだなと実感する。以前、金沢にいったときは市内でトンビが見られたのだけれど、うちのあたりだと、海辺でしかお目にかかったことがない。江の島、鎌倉、伊豆…。被害もあるのだろうけれど、わたしにとってはトンビは、海を思わせる、どこか懐かしい鳥なのだ。
 島はいびつな長方形が南北に延びたよう。南の桟橋のあたりの角から、長方形の真ん中あたりにある道をまっすぐに進む。このあたりにレンガ造りの兵舎やトンネルがあるのだ。北側の最後は道がTの字に分かれる。二辺の角に、それぞれ磯がある感じだ。どちらの磯も手前が広場になっているが、階段がついていて、降りられる。東がオイモノ鼻という。薄茶色の足場のよい岩たちだが、配置が複雑だ。釣りをする人、お弁当を食べる人、磯遊びをする子供。ぼんやり座っている人。彼らはおおむね静かに海を感じている。磯の水を眺める。飛沫は澄んでいるか、白い。だがやはり…と先程感じた、波飛沫と同じものを感じる。もちろんそれよりは、きれいにみえるのだけれど。期待しすぎていたのだ。それとは別に江の島のようだなとも思う。江の島の磯のあたりが、眼前の薄茶色の岩たちに、重なる。
 西は海蝕洞による洞窟のある磯で、ヨネノ根というらしい。日蓮上人にちなんだ日蓮洞窟もある(一二五三年、日蓮上人が房総から鎌倉へ渡る途中、嵐にあい、猿の助けで、この島に上陸できたことから、猿島という名になったとある)。立ち入り禁止になっているが、中はのぞける。ここは縄文時代の土器も発掘されているのだとか。こちらの磯には、人が殆どいない。息をつく。この洞窟とは別に、小さな断崖に、小さな洞門があり、崖にあいた窓のようで、向こうの海が見えるところもあった。小さなエトルタの断崖…。モネの絵を思い出してひとり笑う。
 これでほぼ島はめぐったことになる。復路だ。木々の合間から、海が見える。砂浜は桟橋の近くだけで、基本的に岸壁となっているので、海は下のほうに見える感じだ。アップダウンがあるが、木々がやさしい息を吐いてくれているので、登る道も心地よい。広場のようなところで、彼岸花を見つける。かたまって少しだけ。昨日の彼岸花が会いにきてくれたようだと思ったりする。
 砂浜付近までまた帰ってきた。船が出るまであと四十分ほどある。売店でチューハイを買って砂浜で飲む。休日のぜいたく。
 船がでるまでまた砂浜ですごすことにした。午後三時ぐらい。空はまだ昼間の明るさだが、太陽はだいぶ西にかたむいている。西の海に、太陽のつけた道ができている。あかるいちらめきが、水平線と浜をむすぶ。日差しがまぶしくて、どう写っているのか、まったくわからないまま、カメラで何枚か写真を撮る。西側は打ち寄せる波が銀色で幾分夕方めいている。東はまだ昼間。黄昏と昼間のあわい、という時間もあるのだ。流木や貝、角の取れたガラス片などをほんの少しだけ拾う。海のおみやげ。
 乗船のため桟橋へ。またどこからともなく船に乗る人々が集まってきた。崖の中腹にウミウがいた。彫刻のように胸をつきだした姿勢のままうごかない。桟橋の下の浜に打ち寄せる海は、それでもきれいなように見えた。
 十分の船旅後、また三笠発着所へ。じつはこのあたり、軍艦なども多く停留しており、軍港クルーズもちかくで行われているのだが、興味がないので、横目にすぎる。時刻は四時近い。あと一時間ぐらい時間がある。
 最寄駅は京浜急行の汐入か横須賀中央だが、JRの横須賀駅のほうにゆきたいので、歩くことにする。二キロ強といったところだろう。
 うわさに聞いたが、歩くのははじめての、どぶ板通りを通ってみる。戦後は駐留軍相手の飲食店が多かったそうだが、今はそれに加えてスカジャンや、ネイビーグッズなどを売っている店も。さして感慨はない。この頃、街はどうも苦手なのだ。どぶ板通りを端から端まで歩いて、また海をめざす。やっぱり海だ。海に面した公園へ。ヴェルニー公園という。フランス式庭園で、薔薇園もある。あとひと月ほどで薔薇まつりが開催されるらしいが、まだ咲いていない。海をみながらのんびり歩く。だいぶ日が傾いてきた。海の色が夜に近付く。ゴミとクラゲが浮遊している。さきほどまでいた猿島の風景との差がありすぎて、違和感がある。こちらはやはり東京湾といった感じがする。もっとも猿島からもこのあたりは見えたのだが。そういえば猿島にいるとき、ベンチャーズの演奏がまた聞こえた。風にのって、三笠公園から聞こえてきたのだろう。二キロしか離れていないのに、この距離感はなんだろう。近いようで遠いのだ。風にのって聞こえてくる音も、偶然といった風で、またすぐ聞こえなくなっていた。島は整備されてはいたが、それでもやはり自然的なものが感じられたし、水はそれでもきれいだったのだ。




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