夏のデートについて(あるいは七夕小説の続き)
- カテゴリ:自作小説
- 2013/08/21 21:50:36
待ち合わせ場所は人でにぎわっていた。
うっかりすると人に流されてしまいそうなほど。
だから、彼女が先に来ていたのに気付けなかった。
「あ、牧田さん」
彼女の声がしてそちらに顔を向けたが、それでも数秒気付けなかった。
人波を縫ってこちらに近づいてくる浴衣の女性がいるのに気付き、……ようやくそれが彼女だと判った。鈍いにもほどがある、とケンゴは自分を叱咤した。
「……浴衣で来てるとは思わなかった。自分で着つけられるんだ?」
淡い水色にピンクの朝顔の模様の入った浴衣は、清楚な彼女によく似合った。
それに、いつもは下ろしている髪をアップにしているので、露わになった項が匂い立つようだ。
「えーと。正式な着付けじゃなくて、ちょっとズルしてるんです」
イタズラっぽくちょっと舌を出す様子もまた愛らしい。
「ズル?」
「付け帯っていうんですけど……結び目の部分と巻く部分が分かれてるんです。だから、帯はマジックテープで留めてるだけ。結び目は挟んであるだけ」
「ふ、ふーん……」
……その情報は、『脱がせても着付けは簡単』と言っているように思えるが。彼女の事だからそういった含みはないのだろう。……たぶん。
「いつまでもここにいると、他の待ち合わせしてる人の邪魔になるから、そろそろ行こうか」
いつものように背中に手を回すと、そこには帯の結び目があった。
普段着ない服のせいか、今日は何かと勝手が違う。肩に手を伸ばすか腰にするか、しばしの逡巡ののち、帯の上にそっと手をおく。
帯の厚みの分だけ、素肌から離れるし、と、自分に言い訳して。
予想されていたことではあるが、会場に近づくに連れ、人が多くなり、進みにくくなった。会場である河川敷は、立錐の余地もないだろう。
「うーわ、すごい人出だ」
うっかり離れてしまうと、どんどん人が割り込んでくるので、いつもよりも距離が近い。
「どうする?」
人の流れの中心から端の方に移動し、立ち止まって彼女の方を見遣る。
「どう……って?」
「このまま会場まで行くか、それともその辺の、見晴らしの良さそうな場所に移動するか」
その時、開始の花火が上がった。
周囲の風景が、瞬時花火の赤い色に染まる。
「この辺でも、けっこう音、大きいですね」
花火の破裂音に一瞬見を竦めた彼女がつぶやくように言う。
「……だな。この辺、ビルが入り組んでるから、残響もけっこうあるな」
ぽーん、ぽーん、と断続的に花火が上がりはじめる。
「も、この辺で適当に花火が見えるとこ探そっか?」
花火が上がりはじめたことで、人の流れが緩やかになった。
「そうですね。その方がよさそう」
十五分ほど歩き回って、二人が落ち着いた先はとある複合商業施設の屋上駐車場だった。同じことを考える人は多いらしく花火会場側の手摺りはびっしりと人で埋まっていた。
「やっぱり、よく見えるところはすぐに埋まっちゃうんですね」
施設の方でもここが花火の特等席と解っているのか、花火の上がっている時間は自動車の入出庫禁止になっていて、それをいいことにレジャーシートを敷いて花火を見上げている家族連れまでいる。
「地元の人間でもなきゃ、ホントの穴場なんて見つけられないんだろうな」
ケンゴの言葉の後半はスターマインの音に掻き消された。
あとはもう、上を向いて驚嘆するばかりだ。
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というわけで、お題の答えには【花火大会】を提出させていただきます。
お話は続きます……
着付けができないから、安価なマジックテープ式のものが多いのですが、「こういう時は浴衣!」っていう心構えがいいじゃないですか。
真後ろから見ると、合わせ目が目立つんですけどね…。自分で帯を結べるなら、そっちが良いんですがww
対して、お相手の男性ときたら、彼女が頑張って浴衣着てるのにだらしない姿の野郎が多いこと。
そこは彼氏も頑張らないとと、よそごとながら思います。そういうのが、将来夫婦になったときに響いてくる思いやりというものだし。
作中で、
>帯の厚みの分だけ、素肌から離れるし、と、自分に言い訳して。
この文章、良いですね^^
下心もありつつ、でも彼女のことを思いやってる感じがなんともじわじわ来ますw
そういえば、デートお題で「花火大会」を挙げてる人が結構多いなぁ。