Nicotto Town


ぺんぎんうどん


◆ 海に宿る月 12

http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=1016286&aid=51205029 からの続きにゃ


◇◇◇◇


 気泡の壁が開き、本か映画でしか見た事のない古代の空気が熱く広がる。
 石造りの神殿と石畳の道。原色の布をふわりとまとって素足で歩く人々。海に泳ぐ人々。彼らはとても自由に、海と陸を行き来した。
 やがて訪れる地震と津波。大地の異変は人々を陸と海に分けた。
 陸へ逃げた多数は津波を恐れ、海から遠ざかって散り散りに別れ、長い時を経てそれぞれの土地で安住の地を手に入れる。その頃には海へ戻る術は失われ、体は陸で生きるように変化していった。
 海へ逃げた少数は大地の避けるのを怖れ、海底深く潜り静かに繁殖を繰り返しながら細々と子孫を残して行った。彼らもまた、体が海で生きるように進化し、陸へ戻る術を忘れていった。
「海へ逃げた人々の子孫が僕、佐和子たちは陸へ逃げた人々の子孫だよ」
 陸に残った人々はその数も多かったので順調に繁栄していったが、海に逃げた彼らはその数が少なすぎた。
 何が悪かったのかは解らない。濃くなりすぎた血だけが原因とは言い切れない。けれどいつからか、彼らの種族の女たちは卵を宿す能力を失っていった。
「どうして……」
「解らない。これは僕の父さんから、そして父さんはさらのその父から……ずっと伝わってきた話……」

 彼ら種族は自然淘汰の道を歩むのかと危ぶまれた。
 まるで世界から存在する事を拒まれたかのように、彼らは子孫を残す手段を失い、寿命と共に個体数は減ってゆく。女性は自分たちの中で命を宿す事が出来なくなったと悟ると、一人また一人と群れから姿を消した。
 けれど、残された一部の人々は運命に抗う道を探した。

 元は同じ種族の生き物であったのだから、地上の女性の卵を分けてもらう事ができれば、我々もまた繁殖が可能なのではないか?

 その答えを導き出した者を筆頭に、彼らは群れを解散させて、各々で卵を求めて陸を目指した。

「でも、卵って言っても……」
「心配しないで」
 彼は彼女をやんわりと抱きしめた。優しい温もりを込めて、力強く。
「佐和子、体が暖かいね」
「え? 確かにここ二日ほどだるくて、風邪気味のような……」
「ううん、違う。僕には解るんだ。佐和子の中で、初めての、一番最初の卵が今、産まれてる」
 この日を待っていた。
 あの海の底で出会った少女が、初めての卵を宿す日を。

 冷たい海の中で絶望に打ちひしがれながら、卵を求めて孤独に彷徨っていた日々。
 陸人と出会う事は出来ても、異形の姿を知った人の畏怖の顔。まず話をするにさえ至らない。
 それを繰り返していくうちに、体がまたゆっくりと時間をかけて進化を始める。陸の人間と同じ姿に変化する能力を取り戻して、ようやく会話程度は成立するようになったが、いきなり初対面の人間に「卵をください」と言っても通用はしない。自分の種族の話をしてみせても、信用はされない。
 何度、頭のいかれた馬の骨よと罵倒され、心も体も傷ついただろう。
 もう自分は卵を得ることなく、このまま朽ち果ててゆくのか……諦めて漂っていた水底に、突然ゆらりと少女が舞い降りて来た。
「こんなに小さな娘では卵など持ち合わせていないだろうな」
 けれど、その腕の中で息を失おうとしている小さな命を棄ててしまえるほど、彼はまだ心壊れてもいなかった。
 深い海の底を長時間漂う為に必要な空気を存分に含んだ触手の内側。体を丸めて抱え込んだ少女の周囲に、それらを集めて空気の球を作る。自分の肺に在る酸素を触手伝いで口の中に入れてやる。
 激しく海水を吐き出して少女が目を開けた。
 この姿を見られる事に怯えて彼女を放り出そうとした瞬間、小さな手が大きな彼を抱え込むように広がった。
「りり……ちゃん?」

「佐和子は僕の姿を見ても怯えないで、それどころか声をかけてくれた。
 すぐに気絶してしまったけれど、穏やかに僕の腕の中で眠る佐和子を見て、僕は決めたんだ。
 この少女が卵を宿す大人になるまで待とう。
 だけど君が僕を拒否してしまったら、僕はもう、子孫を残さないまま朽ち果てよう……」

「待ってよ! だけど卵って、それって……」
「この体の暖かさは、君が卵を宿している温もり。ゆっくりと君の卵が、体の奥から降りてきてる」
「それって、私に子供をって事?」
 少年は、軽く笑みながら、大丈夫だよと佐和子の髪を撫でた。
「笹を流した日に僕が言った、タツノオトシゴの話を覚えてる?」
 佐和子がはっと目を見開いて、頷いた。
「そう、僕たちの種族はタツノオトシゴと同じなんだ」

 メスの卵をオスが受け取り、その体の中で孵化させて、やがて子供達はオスの体から産まれてくる。
「僕達も、女性の卵を受け取って自分の体で育てて産み落とすんだ。
 だから佐和子、君は何も傷つかない。苦しまない。約束するよ」

 その種族が一度に産卵できる子供はひとりだけ。そして生涯のうちに産卵が可能なのは、二度か三度。
 けれど彼はずいぶん長い間海を彷徨って時を失った。
 佐和子が大人の体になるまで彼の体が卵を受け入れる能力を維持しているか、最後の大きな賭けだった。
 そして、間に合った。

 痛みも苦しみもない暖かなゼリーの中に漂うような不思議な感触。
 まるで母の胎内に戻ったように、佐和子はとても自然に目を閉じた。
 抱きしめられる。
 抱きしめる。
 彼の知らない、彼女の素肌の滑らかさ。
 彼女の知らない、ひんやりと滑る彼の肉体。
 ゆるゆると、波が過ぎては去ってゆく。



 佐和子。キミが僕を、呼んでくれた。「りりちゃん」と。その日から僕は『僕』になった。
 僕たちの祖先は海に逃げてから、名前も個体の識別も捨てた。ひとくくりの種族として、ただ子孫を増やして繁栄を求めて生きていた。
 僕はおそらく、種族の中で名前を呼ばれ、個体として認めてもらえた、初めての海の人間だ。
 この喜びが君に解るだろうか、佐和子。
 あの瞬間、僕は理解したんだ。
 独り暗い海の底を彷徨って求め続けたのは、愛しいと思う誰かを抱きしめ、愛しいその人の……卵という形をしたココロだったんだ。
 僕は君の卵を抱きしめて、この喜びをそのまま子供に伝えてゆくよ。
 ただ子孫を増やす事のみに囚われないで、何の為に子孫を残すのか、語ってゆくから。

 佐和子……
 僕に名前をありがとう。
 僕に、ココロをありがとう。
 僕を、ただ子孫を増やす事のみに囚われ続けた海の末裔から解放してくれた、唯一の女性……
 永遠に忘れない。
 きみが僕を忘れてしまった後も……


◇◆◇ あと一回にゃ ◇◆◇

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2013/08/05 20:36
>かいじんさん

うふふー次でラストでございます~(´▽`)
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2013/08/04 20:55
ここまで壮大なスケールになると思っていなかった@@
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2013/07/22 22:08
えーSFかなぁ~ ファンタジーだもーんww

エロス…あんまり意識してなかったww
ちなみに坊は別画面でアニメ観ながら時々こっち覗いてました(・∀・)ニヤニヤ
昨今、漫画でも何でもえっちぃ描写は少なからずあるから、
あんまり問題ない~と、思ってるww
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2013/07/22 18:43
ローカルな海沿いの村を舞台に繰り広げられた物語が、
一挙に超SFロマンの世界にワープしちゃったですね~

それにしても、妖しくもエロスたっぷりの世界ですね~
ちょみさん、かなり本格官能小説もいけそうですね~
坊に何と説明するか ←唯一の突っ込みどころ(*´艸`*)
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2013/07/22 12:09
パパりんそれは、イエローカード級レッドカード級どちらですかねw
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2013/07/21 15:01
イケナイ妄想を色々してしまいましたグフフ



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