【奥津城】(「契約の龍」SIDE-C)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/08 19:41:18
それは、その広くもない空間一杯にわだかまっていた。
明かりの色が青に傾いているせいで定かではないが、時折差し込む白色光の下で見ると、それは鮮やかな赤い色をしているように見える。
もう少し良く見ようと思って、「明り」を灯す。
それの表面を覆っているのは、鮮やかな赤い鱗だが、その形は、…少なくとも、上半身、に当たる部分は、人の形をしているように見える。
人の形をした、鱗に覆われたもの…思い当たる存在があった。
「………「龍」?」
だが、「金瞳」につながる「龍」は青くて、女性の姿をしていたが?
「当たっている、とも言えるし、違う、とも言えるな」
…どういう意味だろう?
「そなたが見たがっていたものが、あの上についている」
「私が…?」
確かに私は「龍」の姿を知りたがっていたが、その上についているもの、とは…?
「あらためて言われて見れば、似ている、かもしれぬな」
似ている…?
あらためてその頭部に目をこらす。端正な男性の顔の一部が見える。しっかりと目を閉じた、精悍ともいえる壮年の顔。
「………まさか。これは…」
「かつて、我らが御先祖であったもの、だ」
「どうして…」
疑問に思う事はたくさんある。
なぜ、こんな姿をしているのか。
なぜ、こんな場所にあるのか。
なぜ、今まで存在し続けていられたのか。
「これは、代々の国王にだけ知らされているものでな。立太子が決定すると、まず、ここに連れてこられる」
「…では、私がここにいるのは、特例、という事でしょうか?それとも、知ったからには、私が、あなたの引継ぎをしなければならないのでしょうか?」
「自分がいなくなった後の事までは、責任は負えぬ。…が、レイはこれの事を知らぬまま立太子してしまったので、誰かに教えておかなくてはならんのでな」
とりあえず、この人には自分の主張がちゃんと伝わっている事は解った。
「そなたは、母親から、『幻獣の復活』について聞いておるか?」
聞いて、というか…知っている事では、ある。誰からその情報を得たか、といえば、母親からではあるが、「聞いた」訳ではない。
「では、これは、その結果、なんでしょうか?」
「龍」が契約を解除しようとして失敗し、その結果、抜け殻となった体だけがこうして残った。…ありそうな話ではある。だが、それでは今までこれが残っている理由が解らない。
「うーん…結果、というか…どうやら途中経過、らしい」
「途中?」
「彼の葬儀の様子が文書として残っていないのは、知っておるな?」
知らなかった。
というか、気がつかなかった。
「申し訳ありません。気がつきませんでした」
父がちょっとだけ愉快そうに笑う。
「気にする事はない。それだけ伝記作者が巧妙、という事だ。まあ、人の葬儀の様子などというものに注目する物好きは、そうはおるまいからな」
…一人、そういう物好きに、心当たりがある。…今度機会があったら聞いてみよう。
「とにかく、文書には残されておらんのだ。彼が変容していったことについては」
「文書には、ということは、口伝てか何かでは残っている、ということでしょうか?」
「…まあ、そういうことだな。…知りたいか?」
「後継を強要されないのであれば。…ここまで来た以上は、それも知っておくべきなのでしょう?義務として」
「…まあ、そうとも言える、な。…そこに座るがいい」
「彼」の傍らにある、石造りの椅子、のようなものが指示される。
「それには、彼の変容の様子がつぶさに記録されている。最初にそれに気付いたものが記録に残そうと思ったのか、変容があまりに衝撃的だったので、それを見たものの記憶が焼き付いてしまったのかは分からないが、…今もその様子を記録し続けている」
「…今も?」
「ああ。…ほんのわずかな変化ではあるが、今もごくわずかずつ変化している、らしい。父上の話によれば、な」
付け焼刃の知識によれば、先代の治世はかなり長きにわたったらしい。立太子した時期から数えれば、ざっと五十年。それだけあればわかるほどの変化、ということなのだろうか?
「なかなか衝撃的な情景なので、心して見るように」
そう嚇されて、石の椅子に座る。
頭の中に情景が浮かぶ。目をあけていると視界が二重写しになって気分が悪くなるので、目を閉じる。
…なるほど。それはなかなかに衝撃的な情景だった。
祠にまつわるお話ですね^^