Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(91)

 「さっきから誰だったか思い出そうとしていたのだが…そうか、そういえば貴公は………此度の事、残念であったな。…いや…その場に遭遇していたのであったな、そういえば」
 「ああ…いえ…私がちゃんと職務を全うしていれば」
 「言葉を返すようだが、貴公の職務は、大公の守り役だったか?そうだとしても自然災害だったのであろう?魔法使いと言えど、そんなものに抗しうるような者は、ほんの一握りだぞ?」
 「いえ…波に持って行かれるの防げなかったとしても、ご家族の元へ返す位はできたかと」
 「ああ、遺体を、か…」
 ふと隣にいる随身の方に目をやり、
 「そういえば、支払いの方は、できるか?」
 「そういう事になるのでは、と思い、余分に持ってきております」
 「気がきく臣下がいると、助かるな」
 「そうお思いになるのでしたら、態度で示していただくと私も助かるんですが」
 随身の皮肉に対する答えは、ごまかし笑い、だった。

 翌朝、夜明けにはまだだいぶ間がある時間に一階に降りて行くと、クリスが何やらぶつぶつ文句を言っていた。
 「まだ暗いうちに宿を出るんだったら、足元の暗さは大差ないだろうに」
 暗がりで物騒なのは、足元だけじゃないと思うんだが。
 クリスの機嫌が悪いのは、早朝のせいだろうか?際限なく吐き出され続ける呪詛の言葉を、どこで遮ったらよいのだろう?などと思案していると、昨日よりはだいぶくだけた格好をした、随身のナヴァル伯が外から入ってきた。
 「船の手配が出来ました。幸いなことに、蟹漁に使う船は、今は出払っているそうですよ」
 「…船?」
 「…行先は、無人島なんだそうだ。…「街中じゃない」ところの話じゃないぞ」
 聞かなかった事にして部屋に戻ろうとしたら、袖を掴まれた。
 「せっかく着替えて降りてきたんだから、二度寝は手間だよね?せっかくアレクの分の食事も用意してもらったんだから、ぜひ一緒に来てほしいなあ」
 ご一緒するのは遠慮したいが、なんといって断ろうか、と考えていると背後からも手が伸びてきた。
 「苦労は、分かち合った方がいいとは思わないかね?」
 …………この親子は……

 幸いなことに、船は予想したほどには揺れなかった。とはいえ、
 「ああああああ…やっぱり揺れない地面って……いいなあ」とクリスがしみじみとつぶやく程度には揺さぶられた。
 俺たちを送ってきた船は、昼過ぎに迎えに来るから、と言い残して行ってしまった。
 大人二人の方も、それなりのダメージは受けたようで、船の姿が島を回り込んで視界から消えた途端、その場に座り込んだ。
 いち早く立ち直ったナヴァル伯が、「目的地をご存じなのは、あなただけなのだから」と――恐れ多くも――国王を急きたてて立ち上がらせ、ようやくその場を後にした。
 目的の呪陣が敷かれている祠は、上陸地点から四半時程島の奥に入ったところにあった。入り口の上部には王家の紋章が掲げられ、扉には閂がかけられているが、施錠はされていない。
 「…なぜ、鍵がかかってないんです?」
 「嵐が来た時の、待避所として使えるように、だったかな。祠の手入れを街の者にさせる条件としてそう整備させた、と聞いている。呪陣の間は、魔法が使える者しか入れないし、その呪陣はもちろん、王族しか通さない」
 王族、というか「金瞳」をもった者、という意味だろう。
 「悪用される事とかは、想定されていないの?」
 「対策はされているはずだが…どうしてだ?」
 「呪陣の間まで入り込める、腹黒い魔法使いがいたら、王族を捕まえるための罠が張れるんじゃないかと思って。対策がされてるんだったら、大丈夫かな」
 「大丈夫だろう。少なくともここ十五年ほどは、呪陣の間に入った者はいない」
 「…?どういう事です?」
 「まあ、じきに解るようになる」
 人の悪い笑みを娘の方に向けながら、われらが国王は祠の扉を開けた。

#日記広場:自作小説




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