「契約の龍」(91)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/08/06 18:24:44
「さっきから誰だったか思い出そうとしていたのだが…そうか、そういえば貴公は………此度の事、残念であったな。…いや…その場に遭遇していたのであったな、そういえば」
「ああ…いえ…私がちゃんと職務を全うしていれば」
「言葉を返すようだが、貴公の職務は、大公の守り役だったか?そうだとしても自然災害だったのであろう?魔法使いと言えど、そんなものに抗しうるような者は、ほんの一握りだぞ?」
「いえ…波に持って行かれるの防げなかったとしても、ご家族の元へ返す位はできたかと」
「ああ、遺体を、か…」
ふと隣にいる随身の方に目をやり、
「そういえば、支払いの方は、できるか?」
「そういう事になるのでは、と思い、余分に持ってきております」
「気がきく臣下がいると、助かるな」
「そうお思いになるのでしたら、態度で示していただくと私も助かるんですが」
随身の皮肉に対する答えは、ごまかし笑い、だった。
翌朝、夜明けにはまだだいぶ間がある時間に一階に降りて行くと、クリスが何やらぶつぶつ文句を言っていた。
「まだ暗いうちに宿を出るんだったら、足元の暗さは大差ないだろうに」
暗がりで物騒なのは、足元だけじゃないと思うんだが。
クリスの機嫌が悪いのは、早朝のせいだろうか?際限なく吐き出され続ける呪詛の言葉を、どこで遮ったらよいのだろう?などと思案していると、昨日よりはだいぶくだけた格好をした、随身のナヴァル伯が外から入ってきた。
「船の手配が出来ました。幸いなことに、蟹漁に使う船は、今は出払っているそうですよ」
「…船?」
「…行先は、無人島なんだそうだ。…「街中じゃない」ところの話じゃないぞ」
聞かなかった事にして部屋に戻ろうとしたら、袖を掴まれた。
「せっかく着替えて降りてきたんだから、二度寝は手間だよね?せっかくアレクの分の食事も用意してもらったんだから、ぜひ一緒に来てほしいなあ」
ご一緒するのは遠慮したいが、なんといって断ろうか、と考えていると背後からも手が伸びてきた。
「苦労は、分かち合った方がいいとは思わないかね?」
…………この親子は……
幸いなことに、船は予想したほどには揺れなかった。とはいえ、
「ああああああ…やっぱり揺れない地面って……いいなあ」とクリスがしみじみとつぶやく程度には揺さぶられた。
俺たちを送ってきた船は、昼過ぎに迎えに来るから、と言い残して行ってしまった。
大人二人の方も、それなりのダメージは受けたようで、船の姿が島を回り込んで視界から消えた途端、その場に座り込んだ。
いち早く立ち直ったナヴァル伯が、「目的地をご存じなのは、あなただけなのだから」と――恐れ多くも――国王を急きたてて立ち上がらせ、ようやくその場を後にした。
目的の呪陣が敷かれている祠は、上陸地点から四半時程島の奥に入ったところにあった。入り口の上部には王家の紋章が掲げられ、扉には閂がかけられているが、施錠はされていない。
「…なぜ、鍵がかかってないんです?」
「嵐が来た時の、待避所として使えるように、だったかな。祠の手入れを街の者にさせる条件としてそう整備させた、と聞いている。呪陣の間は、魔法が使える者しか入れないし、その呪陣はもちろん、王族しか通さない」
王族、というか「金瞳」をもった者、という意味だろう。
「悪用される事とかは、想定されていないの?」
「対策はされているはずだが…どうしてだ?」
「呪陣の間まで入り込める、腹黒い魔法使いがいたら、王族を捕まえるための罠が張れるんじゃないかと思って。対策がされてるんだったら、大丈夫かな」
「大丈夫だろう。少なくともここ十五年ほどは、呪陣の間に入った者はいない」
「…?どういう事です?」
「まあ、じきに解るようになる」
人の悪い笑みを娘の方に向けながら、われらが国王は祠の扉を開けた。