お題/ジレンマ『勘違いなじれんま』
- カテゴリ:自作小説
- 2013/05/30 12:04:27
「ねぇねぇあなた! 大変よ!」
朝っぱらから響くけたたましい妻の声に信は溜息をつきながら新聞を読む手を止めた。
今度は何事か。トイレにカマドウマでも出たか? それともワンコインスイーツの広告でも見つけたか?
「南海トラフですって! うちも準備しなきゃいけないわ!」
信の手から新聞がパサリと落ちた。
南海トラフと騒がれて、既に何年が経っているのか妻は知らないのか。
「アレ、アレを買わなきゃいけないわ」
防災グッズの事だろう。
「そうだね、うちには無いから今のうちに揃えておいたほうがいいね」
信が眉間に皺を寄せながら適当に応えたにも関わらず、妻の目がぱぁっと輝いた。
「買ってもいい? 私、今日にでも早速お店に行ってみたいわ」
そんな事より、もう出勤しなければと信が席を立つ。
「まだ早いわよ?」
妻は首をかしげる。
「システムが上手くいっていないんだ」
それだけ言って見送る妻に背を向けた。
仕事は確かに難しい所に来ているが、本当は早く行く程の事ではない。
ただ、時々急に思い立って、まだ誰も居ない仕事場に入りたくなる時がある。
信は薄暗い部署の電気も点けず、まっすぐに自分のデスクへ向かいPCの電源を入れた。
◇◆◇◆◇
後悔だ。
まったく、何であんなにバカな女と結婚してしまったのだろう。
朝から南海トラフなどと騒いでいたが、もしかしたら南海トラフが何なのか知らないのかもしれない。
毎日くだらない事で騒いで、そのくせ僕の仕事のぼやきなんて全く聞いてもくれない。
ここで吐き出さなければ僕には愚痴を言う場所もない。
妻ってのは家庭を養う夫の心身を支えてくれせるもんだと思っていたのに、まったくアテが外れたもんだ。
妻のバカっぷりには本当に嫌気がさしてくる。
何せ、見合いの席で自分が頼んだ料理すら覚えていられなかった娘だ。
就職を有利にしてくれる親戚の紹介だったけど、やっぱり断るべきだった。
だけど新婚半年もまだ経ってないのに離婚なんて言い出せるわけがない。
あぁこんな事なら、仕事にも理解のある職場の後輩といい感じになった時、手を打ってしまえば良かったんだ。
今でも彼女は僕が結婚していてもかまわないと、呑み会の度に手を差し伸べてくれる。
あの手を取って、日頃の大変な事や行き詰った仕事の愚痴を聞いてもらって、頷いてもらえるだけでどれだけ心が安らぐだろう。
彼女の手を取りたい。だけどできない。彼女とはいい先輩後輩の距離を保たなければならないのだ。
まったく何てジレンマだろう。
壁を乗り越えさえすればそこに安らげる女性が居るというのに。
たった一度の選択ミスで僕は壁を乗り越える事を許されない。
◇◆◇◆◇
妻にも会社の人間にも知られて居ないSNSの登録。愚痴は吐き放題だ。
ブログに思いのたけを綴り終えて投稿すると、頃合いよく電気が点いた。信は慣れた手つきで画面を切り替える。現れたのは件の後輩だ。
「もう来られてたんですか? 本当にお仕事熱心ですね。責任感が強いんですね」
甘い声で褒められて悪い気はしない。むしろ嬉しい。けれどその気持ちを隠しながら
「どうしてもうまく行かない所があってね」
彼女にその気がない素振りで返事をする。
まだ何か言いたげな彼女だったが、そこでしつこく押してくるほど愚かではない。
「コーヒー淹れますね。私も自分の仕事を進めなきゃ」
あぁ、この気遣いだ。彼女だったら朝食を食べながら新聞を読む僕に、『何を読んでいるの?』とか、『読みながらご飯を食べていると消化に悪いわ』くらいは言ってくれるだろう。
決して、妻のように自分の言いたい事ばかりを並べ立てたりはしないだろう。
しかもあんな、頭の悪さを全開で曝け出すようなち今さら感のあるネタで。
一日モニターを追いかけ続ける仕事は時に苦痛で、しかも合間に所長から『まだ出来ないのか』などと口を挟まれるとイライラする。
ようやく就業時間になって部署を後にしても、気の休まる気がしない。
これから信の帰る家に居るのは、あの妻だ。
信が疲れた顔で『ただいま』と言っても『ねぇねぇあなた、私こんな買い物をしたわ!』と、今朝会話に出た防災グッズを見せびらかして、自分よがりな話に花を咲かせるのだろう。
信は溜息をつきながら、玄関のドアを重く開けた。
ダイニングで信が見た物は、彼の想像を超えていた。
「ねぇねぇあなた! 今朝話していたのを買ってきたの!」
大きな水槽。ゆったりと泳ぐ三匹の魚と気持ちよさそうに揺れる水草。
「これは何だ……?」
「フグよ! 南海トラフだもの。きっとこの子達が地震の危機を察知して私達を助けてくれるのよ」
「はぁ?」
「だってお魚は地震を予知してくれるのでしょう? 南海トラフならやっぱりフグだと思うのよ」
信の口端が軽く破裂した。大きな酸素の弾と一緒に、プッという笑い声が飛出た。
あぁ、そうだった。
見合いの席で散々『バカな女だ』と思ったにも関わらず、彼女との結婚を決めたのは。
ふと、急所を打ち抜くような可愛らしい言動で、僕の内側に溜っているトゲドケする黒い毛玉をこうやって吐き出させてくれるからだ。
見合いの席で自分が頼んだ刺身定食を僕の前に置いた彼女。
それは貴女の注文ですよ、と教えると、彼女は既にちゃっかりと僕の頼んだ和牛ステーキに箸をつけていた。だけど悪びれもせずに
「しまったわ、お刺身の方が美味しそうだったから、貴方のだと思っちゃったの」
そう笑った彼女に、僕は心底笑わせてもらったんだ。
彼女の笑は九割の確率で僕のツボに入って、ちょっと抱えていた嫌な事なんかを押し出してくれるのだ。
「南海トラフとフグをひっかけたのかもしれないが、地震を予知するのはナマズだ。フグはしない」
僕が言うと、彼女はやっぱり自分の思い違いを悪びれもせず
「そうなの? だったらこの子達は今夜のビールのお供になっていただきましょうね」
迷いなく網で水槽からフグを取り出し
「大丈夫よ。サバフグって言って毒の弱い種類だから、私にも捌けるわ」
微笑みながら、台所へと消えた。
そして『そっかぁ~フグじゃダメなのねぇ~そしたらナマズを買わなきゃいけないかしらぁ~』などと呟きを妙な鼻歌に乗せて歌いながら包丁を振るう。
「私ってぇ失敗ばかり~るるる~でもあなたのジンクスって言葉の使いかたもぉちょっと違うと思うのよ~るるる~♪」
何せ調子っぱずれな鼻歌に乗っているのでよく聞こえなかったが、ちょっと気になる歌詞が出たので
「え? 今何て?」信は台所を振り返った。
「うん? なぁに?」
笑顔で振り返る妻を見て、気のせいか? と、
「いや、何でもない」と言いながら、まだ緩んでいる口端を信は続けて動かした。
「今やっている仕事にキリがついたら、防災グッズを買いに行こう。どうせ君は何を買っていいのか解らないんだろう?」
「わぁ、嬉しい!」
妻はフグから包丁を離して信の胸めがけて飛んできた。
「包丁を下ろしてくれ!」
「あら、イケナイ」
てへ、と小さく舌を出して『ゴメンナサ』と台所に妻は戻ってゆく。
信は妻の鼻歌の歌詞にちょっと引っかかる物を感じながら、だけど幸せそうにフグを捌く彼女の横顔を見つめ
「まぁいいか」と、冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出した。
そして妻は、ダイニングに戻ってゆく夫の距離を測りながら
『失敗失敗、てへ』と笑って、フグに包丁を突き刺した。
~ 了 ~
目、大丈夫です(●^o^●)落ち着いてきたら、活字が恋しくって、恋しくってww
外出での紫外線を避けつつ、ためていた本を消化していますb
復活おめでとう~(´▽`) じゃなくて!
目、いいの?大丈夫なの?
目が辛い時のPC画面がどんだけ負担か、想像を絶します><
無理せず大事にしてね><
こういう旦那さんはバカだと思うけど、操りやすくていいと思いますww
ある意味理想だなぁ(笑)
あぁぁ! ことみさんのコメントに気付いてなかった!><
一か月も放置ごめんなさいです~;;
殺意って、わたしたちが思っているより簡単に沸いてしまうし、
その衝動のままに行動してしまう事は難しくないと思います。
問題は、殺意が沸いてしまうほどの怒りや悲しみを
茶目っ気で抑えられる度量があるかどうか、て感じですかねぇ(^_^;)
震災の備え…水とクッキーと乾電池・ラジオくらいでしょうか(^_^;)
いざとなったらどちらかが残されるのでなく、坊と一緒に死ねればいいなぁ…くらいにしか…(マテ)
新婚半年でこんなふうに思っちゃう旦那さん…
殺意??と思われるような奥さんの行動…
この夫婦の未来にドキドキーー
なんちて、これは私の飛躍した想像というか妄想の中かな^^;
リアルな話、
南海地震、単独できたらいいけど、東海、東南海と3連チャンできたら嫌だなと思ってるうちです^^;
備えはしてますか?
うちの家(実家)、備えしてないんだなぁ、私自身もしなきゃいけないのはわかってるんですけど、ちゃんと準備できてないです。
南海トラフグ…本当にそういう種類のフグが居そうな名前ですねぇww
天然な奥様、本当に天然なのか、計算ずくなのか男性は見る目を養わなきゃw
なんちゃって…(^_^;)
サバフグは唐揚げにすると美味しいそうなので、まゆさんもどこかで見かけたら
ぜひ作ってみてください~(´▽`)
読んでくださってありがとうございました(´▽`)
奥さんコワイって方や可愛いって方や、色々受け止めてくださって
なるほど~って改めて思う事いっぱいでした^^;
もしかしてその日の気分でも変わってくるのかなぁ…w
面白いと褒めていただき、嬉しいです(´▽`)
読んでくださってありがとうございました(´▽`)
失敗失敗と言いながら、捌いたフグを食べさせられるご主人もすごいわ。
この奥様のことですから、フグの解毒剤も育てていそうですw
すごい^^
今日の私は、この抜けた奥様と自分を比べ、人間には遊びが必要よねって思っちゃう物語になりました。
いや~ これは面白いです。
能天気で明るくて、ついでに魚も捌ける奥さんっていったら最強です^^
あたしは中サイズのサバまでしか捌けません…ww
読んでくださってありがとうございました(´▽`)
こういう肝の太い女性ってのはイイですね~憧れます^^
でもって、さくさくっとフグを捌けるあたりがまた最高ですww
きっとこの旦那さんは一生この奥さんの掌の上で
転がされ続けるんでしょうねぇw
読んでくださってありがとうございました~(´▽`)
ウヒヒ(・∀・) フグにはそんな深い意味は無いのですよ…
ただ、 南海トラフ>トラフグ>トラフグ高いし生きてるの買えないからサバフグ
というダジャレをやりたかっただけなのですよ…(T▽T)
でも、普段バカだと思っている女性ほど、こっそり裏で何やってるかわからない怖さはありますね~
何かやっているから、解っているから、とぼけたボケで居られる女の怖さですねぇ(・∀・)
読んでくださってありがとうございました~(´▽`)
まさか、ふぐを買ってくるとは!!
意表を突かれましたわ!ww
この奥さん、絶対大丈夫よ^^
神経質なのより、よっぽど素敵♥
腹に一物、承知のすけw
ふぐと包丁で少しは察しろw
間合いを計っているずる賢さは男にはわからないかな???w
「ジレンマ」て難しいお題だわぁ(・・` 今回お手上げ!
毛玉を吐き出させてくれるのと同時に、その奥さん自体が毛玉製造機だったりもしますねぇ(・∀・)ウキキ
男女の仲はどっちかがおバカになる事で上手く行くのかもしれません~
ちなみに坊とあたしの仲は両方ともおバカなので収拾がつきませんww
読んでくださってありがとうございました(´▽`)
読んでくださってありがとう~(´▽`)
可愛いけど腹の中で何考えてるか解んない怖い奥さんです~
旦那さんも癒されてるというより、掌の上で転がされてるだけかもしれませんねぇ
(・∀・)ウヒヒ
そもそも生きてるフグを売ってくれるものなんだろうか、っていうのも
物語だもん♡って事で許してやってください(^_^;)
頂いた感想を冷静に読んで考えると、この旦那さん賢いようでバカですよねww
読んでくださってありがとうございました(´▽`)
長く一緒にいると、胃の中がガマンで毛玉だらけになる奥さんがいる、
とゆうことでしょうかね~@@夫婦者は大変だ♪ 卒業者の弁^^
途中までハラハラしながら読んでいたけど、
ほわんとした奥さんに、このご主人、ちゃーんと癒されてるよね~^^
なんでこんなばかな女と結婚したんだろう?
このクールな呟きに「ひょぇぇぇ~」なメロンちんでした。^^
後悔してても自分から何とか動こうとしない男が悪いのですよ!
本当に後悔してたら損得考えずに離婚してるはず。
所詮男は女の掌の上から逃れられないのです~
とは、今思いついただけなのだけどww
いつの世も一番怖いものは女の笑顔ですねぇ(笑)
読んでくださってありがとうございました(´▽`)
読んでくださってありがとうございました(´▽`)
妻…毒…?ん?(笑)
天然も賢すぎも、何事も、ほどほどが一番なようですww
深読み大歓迎~(´▽`)
でも、実はそんなに深く考えないで書きました、って言ったら、怒られるだろうか…
ドキドキ(><)
読んでくださってありがとうございました(´▽`)
一言でコメントが出来ない内容だわ~(´-`) ンー・・。
何か・・・変な衝撃があるわ。(◎-◎;)!!何故だろう・・・。
結婚に物凄い後悔をにじませる旦那の感情を
ダブらせたか??(。。;)??
なんだ・・・この衝撃は・・。
奥さんの笑顔の奥が怖いと感じるし。
今、昔書いた仔に手直ししている所で、サークルお題まで手が届きません><
すみません、不参加続きで(;▽;)ノ