地球の歩き方
- カテゴリ:レジャー/旅行
- 2009/08/05 02:32:20
海外に出るとき、お世話になっている、言わずと知れたガイドブックです。
「アルキカタ」 こんな感じの発音^^;フランスのマルセイユでも有名でした。
これに載ると日本人がワンサカ来るんだと。。辺鄙な所でも。。
個人の足で周ることを前提としているので、街全体のイメージが湧きやすいんですね。観光ガイドはもとより、歴史やミニ知識、クチコミ情報も満載。
その国について、おおまかに知りたい時、とっても便利なんです。
それで、行くあても予定もないのに、買った国が2冊
『東アフリカ』と『中欧』
中央は2005年に買っているので、それ以降、細部に分かれたと思います。
ボスニア・エルツェゴヴィナに興味を持ったんです。
名古屋万博に行った時に、貰ったパンフレットの日本語が直訳というか
あまりにも拙かったので、よけい気になってしまいました。
ユーゴスラビアという多民族国家が、民族主義を煽った指導者の為に
内戦状態に陥入り、分離独立したということは知っていました。
遠い国だし、名前もね、覚えにくい。戦犯となった大統領とか、舌を噛みそうです。
2004年にモスタルという、トルコの影響を受けた街にかかる石橋が世界遺産に
登録されました。スタリモスト。アーチ型の小じんまりした美しい橋です。
ボスニアは昔から文明の交差点。
異なるもの、イスラム教とキリスト教だったり、異なるものが最初に出会うと
諍いは絶えません。そんな歴史を持っているんです。
争いの中で、何百年も橋は異文化を運び、人々は出会い、そこにあったんです。
1993年まで。
愚かなことに、大切な文化遺産と知っていいごく最近に破壊されました。
停戦になり、共に暮らした人々が殺し合いをした痛ましさを忘れない為に
川に落ちた橋の一部、おおかた石なんですが、そのかけらを探し再建されました。
周辺の建物は今も銃撃戦の跡があるようです。
クロアチアを巡るツアーと共に、今はわりと簡単に行けるようです。
ちょっと、観てみたいです。
ミニ知識として、サラエボ五輪のテーマソングを作った国民的歌手
ヤドランカ・ストヤコヴィッチさん
実は、日本に住んでおられるんです。
仕事で来日中、内戦が勃発、祖国に帰れなくなってしまったんです。
国が燃え、親しい人の訃報に、わたしの心は一度死にました。
2年ほど前に公開された「ボスニア」という映画のパンフレットに
書かれていました。
民族浄化という忌まわしい考えの為、多くの女性が凌辱されました。
イスラム教徒が多いため、裁判の証言者がほとんど現れることがなく
犯罪として立証が難しかったようです。
サラエボの花は、心の傷と戦いながら、望まぬ命として宿った娘を愛し
育てている女性と、事実を知る娘である少女の葛藤を描いていました。
実は、映画のように育てている女性は稀で
人知れず、捨てられたそうです。
一時期、孤児院は満員になったとか…。
誰も語らない為に、今もって、その数は不明だそうです。
なんと痛ましいことでしょう。
消えてしまった国、ユーゴスラビア
ノーベル文学賞をとった作家がいました。
「ドリナの橋」イヴォ・アンドリッチ
図書館でも探しましたがありませんでした。
一時期、アマゾンで1万2千円^^;買えないなぁと諦めました。
ところが、これを書くにあたって、調べてみると
あるじゃん。送料込みで3500円くらい^^
いつ読むのかしらね^^;
ボスニアは周囲を川に囲まれているんです。
地図を見ればわかります。
橋は生活や文明にとって大切なものでした。
コンパクトにいろんなことを教えてくれたのはガイドブックでした。
ヤドランカさんのHP
http://www.jadranka.jp/J_top.html
文明の十字路、火薬庫と呼ばれて
いつでも争いが絶えない土地でした。
チトー大統領のカリスマ性で、統一されていた国
後継者がダメだったんですね。
今もって解決していない面はありますが
二度と武力にはしらないで欲しいものですね。
多民族国家だったユーゴスラビア
今は分離独立が進んで
クロアチア
セルビア
モンテネグロ
マケドニア
スロベニア
ボスニア・ヘルツェゴビナ
コソボ
確かそうだと思います^^;
に分かれてしまいました。
その中でもクロアチアは早くから経済も順調で
ドブロヴニクなどの美しい街もあり、観光ツアーを
よく見かけるようになりました。
日本の信州に似た風土なんだそうです。
今日は長崎原爆投下の日でした。
折に触れ、自分たちの住む国の歴史も
悲惨な犠牲の上に立っていると
思い出さなくてはなりませんね。
人は国籍や目や髪の色、信じる神さまが違っても
みんな同じですもんね。
それを忘れないことはとっても大切なことですね。
ああ、そうでしたね。
祖国の悲劇を目の当たりにみた世代ですね。
今は分離独立して、完全な和解に至っていないとうのが
また哀しみを深くさせます。
いろいろな考え方や慣わしと
人が集まるところは、様々な
ことが微妙な線を引いていま
すね^^;
何かの拍子で線が切れると
次々と他の線を切っていき留
まらず、そこに利害が絡むと
さらにややこしくなりますね^^;
細分化してしまった分、今度は
笑顔のある国になるといいです
ね^^
政情不安なんでしょうか・・・・
ちょっと行ってみたいと思ってたもので・・・・
私たちの知らない血が流れている。
平和ボケしているこの国ですから、そういった事実も伝わり辛いのかもしれません。
私の好きなKOKIAさんというアーティストの歌詞に、こんな内容があります。
言葉や文化肌の色、信じるものが違っても
生まれてくる赤ん坊の泣き声は同じなのに・・・
恐らくは誰も同じ想いなんだとおもうんですよね。
幸せでありたい・・・と。
祖国のことを語るときの表情が様々な苦難・悲しみを物語っていました。
米国に住んでいた時、無神論者だと言ったら
熱心なカトリックのスペイン出身のアナという女性が
「神さまがいない世界なんて、信じられない!」と叫びました。
物心ついたときから、そこにあれば
言葉と同じように、体にしみ込んだものなんでしょうね。
とにかく
一神教の神さまはキツイですね。
神さまの違いで争うのならば、それを治めるのも
宗教的指導者の役割であるはずなんですがね。。
難しいですね。ホント。
わたしも同じような知識しか持ち合わせてないんです^^;実は。
面白いもので、ちょっと気になると、新聞に載っている片隅の記事や
映画、雑誌、ブログ等、目に留まるようになるんです。
ずっと前から、ちゃんと見える場所にあったんです。
興味がないと見えないだけなんですね。
そうすると、いろんな所から自然に引っかかってくるようになるんですね。
楽しいことならいいですが、
世界や、当然ながら日本も不条理なことが多すぎますね。
知ってどうなるものでも、ないのですが、
知らないと、やはり何も始まらないですね。
昔は限られた情報しかなくて、フィルターの掛かった情報なら
そうなのかなぁと、思うだけでした。
個人で情報を得るのはとっても大変な作業でした。
少し前まで。
今ではネット世界に広がる、無数の人の情報で、
ナルホドナァ。。と考えることしきりです。
宗教問題は日本人には一番理解しにく部分がありますね。
一応、適当な多神教の、一応仏教って人が多いし。
それでも、同じ無神論のお隣、中国との違い何だろうってね
考えてみると、やっぱり国の規模かな。
小さな国なので、こじんまりとまとまることができるのでしょうか。
とにかく、仏教も思想もほとんどが中国からやってきたんですもんね。
本当にいろんな所へ行っているんですね^^
平和だった頃を知っているお父様は、きっといろんなことを考えたのでしょうね。
クロアチアが人気になっていて、ツアーなどもあるようですね。
世界遺産に登録されたのが大きかったのでしょうね。
ユーロ経済圏を作り、新しい共同体を作り始めていたヨーロッパ諸国にとっても
旧ユーゴ紛争を防げなかったことに、深い後悔がある、
テレビドラマや映画などを見ていいて、そう思わせるシーンに出くわすことがあります。
やっぱり大陸だもんね。難民として流れ込んでくるしね。
支援もたくさんあったのだと思ったりします。
特に宗教の違いでいがみ合う人たちのこととか、さっぱり?ですw
日本に生まれ育って良かったですよ。
もろに無宗教ですからww
私なんて何でも上っ面の事しか知らなくて恥ずかしいです。
おまけに高校での授業で世界史はとっていないので、
中東、ヨーロッパの歴史を知らないのでさっぱりダメです。
歳を重ねると色々な事が知りたくなるので、今まで知らなかったことは
ブログやネットから情報を得るようにしています。
宗教や民族での紛争は難しい問題ですね。
私は初めてだったんですけど 父は内戦前に訪れたことがあって それで父と一緒に出かけました。
確かに内戦の傷跡も残っていましたけど 大分修復されて綺麗になって父も驚いてました。
神さまは人を赦し、幸せを授ける為に存在するものなのに
時として、すさまじいばかりの争いを繰り広げます。
だから、常に神と悪魔とは表裏一体なのですね。
よくは知らないのですが、すごく信仰心の篤い地域でもなさそうなんです。
イスラム教徒に征服された時、ま、イスラムの方が生活しやすか、
という感覚で改宗したといわれています。
ゆるいんですね。
それでも、あんな風に、疲れ果てるまで殺し合うんです。
宗教心が強い場合は、今もってやむことなき戦いですね…。
親の世代は、自ら隣人に手をあげた罪に、懺悔の念があるようです。
問題なのは、親を戦争で亡くした子どもたち
彼らの傷は深く、その次の世代にならないと、しこりは消えないのではないか
そう言われています。
サラエボのオリンピックドーム、今は墓地になっているそうです。
平和の祭典の施設が、争いで死んだ人が眠る場所になっている、なんと痛ましいことでしょう。
異なる民族、宗教、それでも仲良く隣人として暮らした時間を
いとも簡単に壊してしまったものは何か。
民族主義を煽った人がいたとしても、
なぜ、こうも悲惨になるのか。
平和というもが、いかにもろいものか、
人の心は弱く、忘れっぽいものか、という証明のような気がします。
終戦記念日など、折に触れ、考え、大切にしなければいけません。
『平和』というものは
もろくて美しいガラス細工のようなものだから
手放して、落としてしまってはならないと。
民族紛争って言うけど、ベースは宗教やもんね。
なぜって、サラエボ五輪を覚えていたから。
オリンピックって、平和の祭典でもあるじゃないですか。
今の、オリンピック候補地争いを見ていると、五輪協会もきちんと選考しているわけでしょう。
その、祭典のあった所で内戦が起こるなんてと。
民族や宗教が違うと、争いが起きる。
民族が同じでも、争いが起きる。
もう、考えるの大変ですわい。