★　雪解けの黒い薔薇　★



やぁいらっしゃ……じゃぁないですね。お帰りなさい、お客さん。
長のお勤めごくろうさまでした。
ひさびさに吸う街の空気はいかがですか？
あ、そうそう。街じゃないですね。シャバっていうんですね。
ま、半年ぶりの再開を祝してまずは一杯といきましょうか。いつものやつでいいんですよね。

『フォアローゼスブラックラベル』

ワタシもこれを呑むのは久しぶりですよ。
バーボンっていうと男の酒ってイメージがありますけど、、実際に呑むとまろやかで柔らかい甘味もあって、
実は女性向だったりするんじゃないかって思う銘柄もありますね。どんなもんでしょうね。
あぁ水ね、はいはい。どうぞ。
ま、原料がとうもろこしなんだから仕上がる酒が甘味を帯びているのは、当然といえば当然なんですが。
このアルコール度数の高さがやっぱり男の酒と言わせる所為なんでしょうね。
まぁ西部劇やハードボイルドなんかの影響も大きいんでしょうけど。
そういえばお客さんもチャンドラー好きでしたね。

さて、肴はどうします？　チーズでも出しましょうか？
はは、すみませんね。どうにもワタシ喋りすぎてますね。
久しぶりにお客さんの顔見ちゃって、どうにも嬉しいんですよ。
男は黙ってグラス傾ける、それがお客さんの美学でしたね。
でも街、……じゃぁなくて、シャバでゆっくり呑むのは久しぶりなんでしょう？
何かお腹に入れなきゃダメですよ。

『さよりのレモン汁和え』

いえね、今朝市場を覗いてみたらいい感じのさよりがたくさん出てましてね。
ただ刺身や焼いたのを食べるんじゃなくて、薄切りにして千切りのミョウガや大葉をくるんで、
レモンと粉チーズで作ったドレッシングをかけて。
どうです？　薔薇のお酒によく合うでしょう。
このドレッシングね、以前イタリア料理の番組でレモンソースのパスタってのを見て、
真似して作ったら結構いろんな料理に合うんですよ。
その番組ではヤギのチーズを使ってましたけど、うちでは普通に粉チーズ。
オリーブオイルにレモン汁、チーズをそれぞれ好みでシェイカーに入れて、ようく振って、はい出来上がり。
あぁはいはい。うるさいですね。
静かにしてましょう。
ちょっとあちらのお客さんとこに行ってますから、用があったら呼んでくださいよ。



お待たせしました。こちらカティサークの水割りでよろしかったですね。
はい？　あぁ、あのお客さんですか？
ご覧のとおり、ニヒルなナイスガイですよ。
長らく勤めに出てましてね。って、勤めですか？
あぁ、さっきシャバなんて言ってたから？
そんな危ないご職業じゃないんですよ。スキーのインストラクターやってるんです。
仕事は忙しいし、空いた時間は自分が滑りたいしで、山に居る間は殆ど呑んでる暇もないらしくて。
雪が終わってゲレンデクローズしたら、こうやって真っ先に呑みに来てくれるんです。
と言っても、あんまりお酒の強い方じゃないんですけど。
ほら、今呑んでるのもバーボンの水割り、とびきり薄めで。
えぇハードボイルドや昔の西部劇、日本だったら任侠映画なんかが大好きで、
変に影響受けちゃってるんですよ。

あぁそれは言っちゃいけないお約束です。
あのカッコつけ具合、マーロウか松田優作さん意識してるんですね。
うん？　呑んでるのが水割りでなきゃって？
あぁそれは言っちゃいけないお約束で。
カッコつけてても妙にヌケちゃってるの、実は本人も気にしてるんですから。
でもそこがまた人好きするんですよね。

はい？
ありゃ、聞こえてましたか。ごめんなさいね。
いや悪い噂なんてしてないですよ。
こちらのお客さんが、まるで映画の中からフィリップマーロウが出てきたみたいだっておっしゃったので。
はいはい？　さよりのレモン和えもう一皿ですね。
まぁ嬉しそうに平らげちゃって。
ほらね、この辺の感じがいまひとつハマりきってないでしょう。
さっきは黙って……なんて言ってたのにね。
はいはい、今出しますからちょっと待っててくださいよ。