Nicotto Town


グイ・ネクストの日記帳


ジャンヌ・ラピュセル8


 その頃、ハーメル公爵は陣営の中の中心の椅子に座って赤髪の頭部をかきむしる。(謎の大蛇の出現で、わが部隊は撤退を余儀なくされている。だからと言って、今、目の前に来ている「ただ一人の聖女」を名乗るこの娘一人を戦場に赴かせてもいいのだろうか?)

「歌姫リリィ・マリアンヌ。恐れながら申し上げます。謎の大蛇をジャネット・ヴァスカ・ダルクなら止めることができます。どうかジャネットを戦場に行かせてくださいませ!」
「牧師リルル・ガランドからもお願い申し上げます。ジャネット・ヴァスカ・ダルクは「神に与えられし唯一の武器」を身体に宿してい
る「ただ一人の聖女」です。すべての魔王を倒した伝説を信じてくださいませ。公爵様!もう迷っている時間は無いはずですが!」

(まっすぐすぎる…この者たちは嘘をついているようにも見えん。仲良し三人組にも見えん。何せ仲間の一人を死地へ行かせようとしているのじゃからのお。この正体のわからぬ少女に賭けてみるか…)

「………よかろう。本人もそれを望んでいるようだし。近衛兵、彼女を大蛇の元へ案内してやれ」と、ハーメル公爵は髭を触りながら近衛兵に命ずる。
「ただし、条件がある」と、ハーメル公爵は慌てて付け加える。
「何でしょう?」と、ジャネットはやっと口を開く。
「わしも連れて行け!それが条件じゃ」と、ハーメル公爵はジャネットの目を見た。
ジャネットはその視線をまっすぐ見つめ返して答えた。
「私の後ろにいてくださいませ。こちらもそれが条件にございます」と、言い返す。
「気に入った!よかろう」と、ハーメル公爵はジャネットの背後に回る。
「それでは近衛兵様も私の後ろから案内してくださいませ」と、ジャネットは自分の元へやってきた二人の近衛兵に頭を下げておじぎし
た。
「娘の言う通りにせよ」と、ハーメル公爵は命じられる。
「はっ!おおせのままに」と、二人の近衛兵はジャネットの後ろにつく。
「リリィとリルルも連れて行きます。いいですね」と、ジャネットは後ろも見ずにハーメル公爵にたしかめる。
「よい!」と、ハーメル公爵は答える。

こうして公爵側の陣営からジャネットを先頭に近衛兵、公爵、修道女、牧師という異様なメンバーが出陣となった。
それを丘の上から見ていた魔女ストリゲスは笑った。
「アハハハ、奴らとうとうとち狂ったか?それにあれは公爵。和平交渉にでも来るつもりか。残念だがわらわにはそんな気はさらさら無
い。ファフニールよ、奴らを先に炭と灰にしてしまえ!」と、ハーメル公爵を指でさしてファフニールを移動させる。

 黒き魔界の炎をまとった破滅の大蛇ファフニールは魔女と同じ濁った赤い目でジャネットを最初に見た。

 ジャネットは目をつぶり、何やらつぶやいている。
(われは主の命令をこなすだけ…こ奴らを倒せば解放されるのか?)
破滅の大蛇ファフニールは飛びかかる態勢に入った。身体を硬直させ、飛びつく瞬間をうかがう。
仮にも破滅の大蛇と呼ばれる身。
敵が誰であれ全力で仕留める。

「ニュクス様、私の身体の支配権をお譲りいたします。いえ、お返しいたします」と、ジャネットは祈りを締めくくる。

 赤く輝くオーラは誰の目にも見えた。ジャネットの目は青から赤へ。聖なる印が浮かびあがる。
 背中からは黒い羽が肩甲骨の辺りから生える。
 生えた。そんな感じだ。

ファフニールは懐かしさを感じていた。(……真に解放される)
ファフニールは硬直を解き、とぐろを巻き始めた。

「ファフニール!何をしている!誰が休めと言った!?」
ファフニールは目をつぶり、「永遠の終わり」を待った。

 大蛇が止まり、とぐろを巻いて休眠した。その事も驚きだが、ジャネットは迷うことなく、ファフニールに近づき、目をつぶったファフニールの頭をそっと素手で、そのまま触った。黒き魔界の炎はそのままジャネットに吸収されていく。
ファフニールはほんの少し目を開けて確信した。
(この方だ…われらの唯一のマスター。寿命を全うできたのでしょうか、マスター。この悪人を救いに来てくださりありがとうございま
す)ファフニールは安らかに黒紫の炎となりて消えた。

魔女ストリゲスの右手だけが地面に残る。その右手も骨となりて朽ち果てて行く。

「うぎゃあああああああああああああああ」と、魔女ストリゲスは右手を失った痛さに悶える。いや、魔力を失った痛さだろうか。
 テーブルを蹴飛ばし、椅子からは転げ落ち、飲んでいた紅茶のコップも割ってしまう。
痛さが限界に達したのか、白目を向いて気絶した。


 丘の下では、ハーメル公爵が口を開けたまま、茫然としていたが、後ろにいたリルルとリリィに向き合い、
「どういうことだ?わしの精鋭部隊でさえ勝てなかった大蛇をあんなにもあっさりと。いや、それに、あの赤い輝きは……ただ一人の聖女様に違いない。あとは残った魔物たちを倒して撤退じゃ」と、話す。
「報告します!敵軍、すべて消失しました!」と、兵士の一人から報告があった。

「消失したじゃと?」と、ハーメル公爵は今度は兵士の方を向き、聞き返す。

「は!黒紫の煙を残し消えていきました」と、兵士は報告する。

「公爵、理解できないのはわかります。しかし、これこそがジャネット・ヴァスカ・ダルクの。ただ一人の聖女の力だとボクは理解しています」
「なるほど」と、ハーメル公爵は腕組みをして戦場にいるジャネットを見つめる。
(今はわれらの味方である。しかし、もしも彼女が敵になることあらば最大の敵として立ち塞がる。ならば今のうちに弱点を見つけていつでも暗殺できるようにしておかねば)

 考えこむハーメル公爵を見て、

「公爵様!ジャネットをお疑いですか?公爵様はジャネットをどう見ますか?」と、リリィは切り出した。

「歌姫リリィ。わしはジャネット・ヴァスカ・ダルクを危険分子とみる。故にわれらの敵に回ることあらば…それなりの覚悟はしてもらうぞ」と、ハーメル公爵はリリィの目を見る。

「公爵!ジャネットはわたしたちを裏切ったりしません。信じてください!」と、リリィは食い下がる。
「そなたの言うこともわかる…わしも人じゃ。信じてやりたい…」と、ハーメル公爵の口をジャネットの右手が塞ぐ。
「ハーメル公爵……多くを聞くよりも体験すればわかりますわ。その腰にあるサーベルで私の心の臓を刺してください」

「!! とち狂ったか!?そんな事をすればそなたは死んでしまうではないか!?」
「やればわかります……ご理解いただけますか?」

「しかし!」

「ボクからもお願いします。公爵、やってみてください」と、リルルも膝をつき、頭を下げる。

「……わかった。ここは牧師殿に従い、やってみよう」と、ハーメル公爵はサーベルを抜き放ち、ジャネットの胸へ突きを繰り出す。
深々と胸に刺さった。ハーメル公爵はサーベルを抜く。
血しぶきは上がらなかった。




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