路上
- カテゴリ:30代以上
- 2013/03/19 22:45:47
職場へと続く桜並木も、少しずつ花をつけはじめました。
ほとんどの樹は、まだ一分咲きにも満たないのですが、一本だけ、すでに満開に近い花をつけている樹があります。
そこだけ日当たりがよいというわけでもないのです。
そういえば、去年もそうだったかしら・・・
ここだけ栄養がいい?
まさか・・・
「桜の木の下には死体がある」
梶井基次郎さんの短編に出てきた言葉だったと思います。
高校時代に読んだ覚えはあるのですが、内容はほとんど覚えていません。
梶井さんの他の短編も読んだのですが、やっぱり内容は覚えてないものがほとんどです。
つまらなかった・・・訳ではなかったと思うのですが(短編集を一冊読み切れたくらいですから)、何分にも、昔のことですしね。
そんな梶井基次郎さんの短編の中で、一つだけ、おぼろげではありますが、今でも覚えている場面があります。
河原の土手(?)から滑り降りた時の体験(創作なのかもしれません)を描いた一節です。
日常から乖離した、その数舜の描写が、何故か心に残りました。
「路上」という短編の一節です。
そして、今でも、覚えているのには理由があります。
高校を卒業してまもなくくらいの頃でしょうか。
友人と、海を見に行ったことがありました。
そこは、小さな入り江になっていて、真ん中に、小さな、島がありました。
周囲は30メートルくらい、高さは10メートルくらいだったでしょうか。
普段は、まわりを海に囲まれていますが、潮が引くと地続きになり、渡ることが出来ます。
釣り人などが、たまに渡っているようでした。
その日、わたし達は、防波堤に座って、とりとめのない話をしていました。
ふと気付くと、潮が引いていて、島に渡る道が出来ていました。
「行ってみようよ」
どちらが言い出したのかは覚えていません(想像に難くはありませんが)。
真下から見上げる島は、思った以上の急斜面でした。
それでも、釣り人達が利用しているためか、獣道が出来ており、時々四つん這いになりながらも、なんとか登り切ることが出来ました。
山頂に立つと、水平線が丸く見えました。
木陰(小さい島ですが、獣道以外は草や木が生い茂っていました)にすわり、しばらくその景色を堪能していました。
と、ここまではよかったのですが、問題はその後、降りる時です。
急斜面は、降りる時の方がはるかに大変で危険である。
このとき、わたし達は、はじめて実感しました。
ただでさえ滑りやすい粘土層の土。
片側はがけ。
落ちれば海。
滑って尻餅をついたり、樹にしがみついて、お互いを支え合ったり、泣きそうになりながら、何とか下にたどり着きました。
二人とも、しばらくは呆然と見つめ合っているだけでした。
服や手、顔までも土だらけ。
やがて、どちらからとも無く、お互いを指さして笑い出しました。
「何その顔」
「お気に入りの服が~・・・」
「パ◯ツまで泥だらけだよ~」
ひとしきり笑ったあと、友人がぽつりと
「ね、『路上』みたいだね」
「誰か見てたかな?(「路上」の中に、「誰かが見ていてくれたら」という下りがあります)」
周りを見渡しましたが、わたし達以外誰もいません。
「誰もいないね」
「いたらいたでイヤでしょ」
「そだね」
その時、一台の車が、入り江へと入ってきました。
「誰か来たね」
「行くよ!」
「あはは」
笑い声とともに、時間がゆっくりと日常へと戻っていきました。
PS
・・・・・・
「て、いう事があったんだよ」
「今だったら、転がって降りられるのにね」
・・・どうやら姫様は押し入れが大層お気に入りのようです
(#^.^#)
あはは…w 最後にちゃんとオチが、ある所が、面白いです~^^
青春時代のお友達との…「小さな島の小さな冒険」ですね^^
ステキな思い出が、~ゆちゃまのうまい表現力と文章力で
上手に、書かれてるので、読んでてとっても楽しかったです。
~ゆちゃまとその友人さんの行動が、目に浮かびました。波の音まで聞こえてきそうです。
でも…お姫様は、本当に…正直だなぁ…わっ…すみません~押入れは、勘弁して~w
あっ~私じゃ…大きすぎて~押入れに入れないかも…w
映画の1シーンのような。。。
ある意味、貴重な体験かも、ですね(^-^)
私も、似たような体験をしたことがあるのですが、
当時の恐怖感や、降りたときの安堵感は、今でも覚えています。
あのときは、まだ十代だったのですが、今だったら、転げ落ちるだろうなぁ、なんて思ったりw
梶井基次郎さんの、あの一文はインパクトがありますよね。
なんかいいね そういうのは。。。
ずっと忘れることが 出来ないことなんだろうね
姫様は おいたが お・す・き・・・w
いきなり失礼(^-^)/
いい思い出ですね(=゚ω゚)ノ
いきなり失礼しました(>人<;)