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■近代文藝之研究|時評|『蒲團』を評す(5)

■近代文藝之研究|時評|『蒲團』を評す (5)

説明脈、抒情脈の作風、人物性格の事等については、他の論評に説があらうから略するとして、たゞ最不滿足なのは、細君の描寫である。柔順一方の人物とはしてあるが、それすら作者は面倒くさいとでも思つてか、碌々書かなかつた氣味でないか。出てゐる細君はほんの筋を通す道具たるに過ぎぬ。殊に三人の子供もあるといへば、家庭の他の半面が今少しく濃く影を主人公の心に投げかけるべきであらう。此の影が薄いために、心中の苦悶が十分具象するに至らなかつたのは殘念である。けれども中に存する新趣は、之れがために没却せらるべくもあらぬ。此の一篇は肉の人、赤裸々の人間の大膽なる懺悔録である。此の一面に於いては、明治に小説あつて以來、早く二葉亭風葉藤村等の諸家に端緒を見んとしたものを、此の作に至つて最も明白に且意識的に露呈した趣がある。美醜矯める所なき描寫が、一歩を進めて專ら醜を描くに傾いた自然派の一面は、遺憾なく此の篇に代表せられてゐる。醜とはいふ條、已みがたい人間の野性の聲である、それに理性の半面を照らし合はせて自意識的な現代性格の見本を、正視するに堪えぬまで赤裸にして公衆に示した。之れが此の作の生命でまた價値である。それにしても舊來ならば、今頃は道徳派から批難の聲の上がるべきを未だ左樣な氣配の見えぬのは、時勢の變か、それとも他に理由のあることか。



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*註1:説明脈・説があらう・小説
「説」の旧字体。旁は「兌」。

*註2:抒情脈
「情」の正字体。「月」は「円」。

*註3:論評
「評」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hyou.jpg

*註4:作者
「者」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/mono.jpg

*註5:通す
「通」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註6:道具
「道」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註7:過ぎぬ
「過」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註8:半面
「半」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/han.jpg

*註9:主人公・公衆
「公」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/kou_ooyake.jpg

*註10:十分
「分」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/hun_wakeru.jpg

*註11:至らなかつたのは
原本では「至らなかたつのは」とあるが誤植と思われるので改めた。

*註12:没却
「没」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/botsu.jpg

*註13:懺悔録
「録」の旧字体。旁が「碌」の旁と同じ。

*註14:諸家
「諸」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syo_moro.jpg

*註15:端緒
「緒」の正字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/syo_o.jpg

*註16:露呈
「呈」の旧字体。「口」+「壬」。

*註17:矯める所
「所」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/tokoro.jpg

*註18:進めて
「進」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註19:遺憾なく
「遺」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。

*註20:正視
「視」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/shi_miru.jpg

*註21:道徳派
「道」の旧字体。「シンニョウ」は「二点シンニョウ」。
「徳」の旧字体。「心」の上に「一」が入る。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/toku.jpg

*註22:批難
「難」の旧字体。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/moji/nan.jpg

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■抱月『近代文藝之研究』を註記なしに通しで読みたいかたは、こちらをどうぞ。
http://www5e.biglobe.ne.jp/%7Ehanadada/tougetsu/kbk_tobira.html
■このテキストの原本は国立国会図書館「近代デジタルライブラリー」収録の「近代文芸之研究 / 島村抱月(滝太郎)著 早稲田大学出版部, 明42.6」の画像データに依っています。
http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/871630/1

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2013/03/17 19:38
他の理由を想像するのも楽しい



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