Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(87)

 とはいえ、心配事があったのでは、すぐに寝つけるものでもない。横になってみても、眠気が訪れるまでには、かなりの時間を要した。だから、耳元で聞こえるクリスの声にたたき起こされたときは、寝入ってからそれほど時間が経ってはいないように思われた。
 「…ぅわ!…な、何事っ?」
 あわててとび起きて、どういう状況だったかを思い出す。
 とりあえず息を整えてから、緩めたシャツを整える。上着を着ようとして、クリスの部屋に置きっぱなしだった事を思い出す。
 一通りの準備が終わった頃、ためらいがちにドアを敲く音がした。助手の方だろう。
 鍵を持ってドアの方に向かう。
 念のためドアチェーンをしたままドアを開けると、予想通りの顔がそこにあった。
 「とりあえず、処置は終わりました。引き続き様子見が必要ですが、何もなければこれ以上悪化することはないと思います。…患者にお会いになりますか?」
 微妙に不吉な言い回しをするなあ、とは思ったが、突っ込んでいいような状況ではないので、うなずいて答えるにとどめる。
 クリスの部屋に入っていくと、ちょうどクリスが医者を質問攻めにしているところだった。
 「…じゃあ、海老や蟹に触るのも、もしかしたらダメ?」
 「大丈夫、という保証は致しかねますね。個人差、というのもあるから。とにかく、蟹が原因だというなら、当分の間接触は避けた方がいい。了解?」
 「当分の間、って、どれくらいでしょうか?一月とか、半年とか?」
 「それも明言はできない。とにかく言えることは、「少なくともこの町に滞在中は、蟹に近寄るな」という事だけ」
 「…先生。それは「この町では飲み食いするな」とか、「とっととこの町を出て行け」という意味に聞こえます」
 「出て行け、だなどとは言いませんよ。ここの観光資源に所縁のある方には特に」
 …では、「金瞳」は口止め、ということにしたんだな。
 「…思ったよりも元気そうだな」
 「アレクが、発熱に過敏に反応しすぎなんだ。私はセシリア程か弱くない」
 「アレルギー反応にそれまでの健康さは関係ないよ。それに確かに危ないところではあったんだから」
 「……はい」
 医師の言葉には、妙にしおらしく反応する。
 「でも、確かに心配症ではあるようだね。…さっきの剣幕と言ったら」
 う…
 「まあ、さしあたり、命の危険はなさそうだから、安静にして、様子を見るように」
 …なぜ「安静に」を強調?
 「いちゃつくのも、節度をもって、な」
 笑いを含んだ声でそう言い、往診鞄の片付けを始める。
 …あ、そうだ。
 「あの…往診の費用は…?」
 「明るくなったら、請求書を届けさせる。事務担当はもう寝てるからな。…この宿の客なら、踏み倒したりはしないだろ?」
 笑いを噛み殺しながら帰り支度を終えた医師二人は、「お大事に」と言い残して部屋を出て行った。
 …ところでこの界隈は、女性二人がこんな夜中に連れ立って歩いても安全なのだろうか?
 「…少しは休めた?アレク」
 クリスが手招きして、ベッド横の椅子に座るよう、手で指図する。
 「まあ…いくらかは。それにしても、起こし方が荒っぽすぎる。耳の中で音を発生させるなんて…何事かと思った」
 椅子に座りながら、耳を押さえてみせる。
 「でも、確実にアレクだけ起こせる」
 確実に、ね。
 「気の毒な《ラピスラズリ》が、今頃どんな夢を見ているか知らないけど、いい夢だったら、起こさずにいてあげたいなあ、と思って」
 「なんでそういう配慮が、俺に対してはできないかな?」
 「配慮…っていうか…お詫びの先払い、みたいなものだし」
 「…お詫び?」
 「ジリアン大公を探させたのは…私の自分勝手な理由からなんだ。状況によっては、使わずに済むかもしれないけど…彼女を酷い事に使うつもりで」
 「ひどい、って?海の底で魚のえさにするよりも?」
 「…ひとによっては、そう感じるかもしれない。《ラピスラズリ》が、そう感じない、という保証は、ないし」
 顔をそむけながら言う。
 「それは…彼女でなければならない理由があるんだろう?…だったら、仕方がない。実質的な「最後のお別れ」ができる、ってことで、折り合ってもらおう」
 「…実質的な?」
 「そういう思惑があるのだったら、家族には知らせないつもりなんだろう?」
 「アレクが、彼の立場なら、それで納得できる?」
 「さあ……それは…」
 そこで俺を引き合いに出されても困る。
 「…ごめん。眠いせいで、ちょっと妙なこと口走ってる。…私はもう寝るから、アレクも、もう戻って、休んで?」
 「…クリスが、ちゃんと眠るのを確認したら、ね。…おやすみ」

#日記広場:自作小説

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2009/07/29 21:00
クリスはたいしたことなくて良かったです。
クリスの体に閉じ込められた者が蟹が嫌いなのかな。



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