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【小説】父と千里(ちさと)~B面

一つ年下の新入社員として紹介された郁子を初めて見た時に、恥ずかしながら一目ぼれをした。
1年間猛烈にアタックした結果、知り合ってから3年後には彼女と結婚する事ができた。
友人からは

『寡黙で、しかめっ面ばかりのオマエに何でこんな綺麗な嫁さんが来るんだ?』
と不思議がられたものだった。
私自身は自分が無口であるという自覚はないのだが、周りからは無口な人間であると認識されていたようである。
単に、言葉を発する事について要件以上に言う必要性を感じなかっただけなのだが。

郁子は、私の性格をいち早く把握出来た女であり、二人でいる時はとても心地のよい時間が流れていた。
結婚して2年たち、私たちに待望の子供ができた。玉のような女の赤ちゃんで、名前は千里(ちさと)と名付けた。
育児は戸惑う事ばかりであったが、出来る限り郁子の手伝いをしたものだ。オムツ替えなどは目をつぶっても出来るようになった。

『アナタに色々してもらって助かるわ』
これくらい大したことではないよ。離乳食などは作れないからね。

『それは私に任せて頂戴。そんなことより…』
ん?なんだ?

『なんていうか。うん、笑顔が硬い!』
何を言ってるんだ。我が子の前で表情を硬くしているつもりは無いぞ。

『付き合ってる時から、そう思ってたんだけどね。普段からしかめっ面してるからなのかしら?表情が硬いのよね。流石に自分の子供の前なら破顔するかと思ったんだけど、そうでもなかったみたいね』
ん~。

『今からでも鏡を見て笑顔の練習しておいたら?千里が大きくなったら、パパの顔がこわーいって言われるわよ』
むむむ。

今さら、笑顔をうまく作ったところで千里には受け入れられても、社内で受け入れられないのではないかと懸念したがその時は黙って自分の胸の中にしまいこんだ。


千里が5歳の頃のある日、郁子が体の不調を訴えはじめた。なんだか最近疲れが取れないという。
ちょっと病院で検査をしてもらおうと軽い気持ちで行ったら、そのまま入院となった。

『残念ですが、奥様は末期の白血病です。もって半年でしょう』
医師からの言葉は、私にはあまりにも衝撃でその後に何を伝えていたのかさっぱりわからなかった。そして、2か月後に郁子は私と千里を置いてあっというまに旅立ってしまった。享年35歳。あまりにも早すぎる死を誰よりも私が受け入れられなかった。
その後の1か月間は殆ど覚えていない。私は、千里の小さい手を握りぼんやりとする事しかできなかった。
知り合いや会社の方々のお蔭で葬式までは無事に終えることは出来た。

葬式が終わって、ふと気づくと千里はすでに泣いていなかった。
郁子が死んでから、ほぼ毎日のように母親をさがし泣いていた千里。その姿をみて私も同じように泣いていた。
ところが、今私の手をしっかり握る千里の目には涙は無かった。まっすぐ私を見つめている。

『パパ、もう泣いちゃダメなのよ。ママのために笑って行くよ!』
なんてことだ。千里はこの短期間で母親の死を受け入れて、前に進もうとしている。何時までも同じ場所で泣いている私と違って。
千里は実践しようとしているのだ。郁子が最後に千里に言った言葉を。

『千里…パパを笑顔にしてあげてね。パパは千里と違って笑顔がへたくそなの。だから千里がしっかり教えてあげてね』

私の笑顔は千里がくれる。
では、千里の笑顔は?
そうだ、それは誰でもない私の使命だ。
私の愛情に郁子の愛情も上乗せで千里に与える事ができるのは私だけだ。
私は、この場から前に進まなければならない。郁子のために。千里のために。

そう、これでもかというぐらいの押し付ける愛を千里に。

それから、私は自分でも驚くぐらい、性格を180度かえるようにした。もちろん、初めはうわべだけのやり方だった。会社の連中も最初はだいぶ引いていたが、郁子が死んだせいでネジが一本飛んだのだろうと大目に見てくれた。
そして仕事と家事と育児に、まさに狂ったように邁進した。
でも、不思議と辛いと思う事は無かった。変わっていく自分が楽しかったのかもしれない。

それから10年。
いつものように千里を家から見送った後に仏間に行ったら座布団の上に板チョコと手紙があった。

お父さん いつもありがとう。 ちさと

パステル色の文字が目に入る。
そうか、今日は2月14日なんだな。その割には色気のないチョコレートだが中学生ならこんなものか。
郁子、私たちの娘はだいぶ大人になってきたよ。でも、まだまだそちらに行くことは出来ないから見守ってくれ。寂しいかい?しょうがない、千里からのチョコを半分あげよう。半分とはいえ特別なチョコだから許してくれるだろ?

板チョコのかけらを口に含みながら、私も出かける準備をする。3月14日は嫌というぐらいクッキーを焼いてやろう。
私は一人、微笑みながら箪笥の中からネクタイを一つ選びだした。

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2013/02/19 12:47
うまいね~

パチパチ(^_^)/~
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2013/02/19 08:34
本編では、千里から見るとハイテンションな父ですが
現在に至る過程にこんな経緯があったとは・・・

>私の笑顔は千里がくれる。
 では、千里の笑顔は?

この文章以降に書かれた父の想いに、ほろっとさせられました
最後のシーンも良かったです

素敵に膨らませてくれて有難うございます
それにしても、あっというまに書いていてビックリしましたよw
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2013/02/18 18:32
こういう父親との愛情もあるんだねぇ~^^
うまいなぁ~光景が浮かんでくるw
父親の居ない家庭だから 私にはこんな光景は想像も付かないわぁww
寡黙で、しかめっ面・・・ 間違いなく みろりんの事ではないね(◔‿◔。)ニョホ
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2013/02/18 17:39
えー
あいもかわらず、他人様の小説のB面を書かせていただきました。
(一応、かいてみ?と言われました)
本編での父親と全く違う面を表してみましたが、どうかなぁw

http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=884923&aid=47953730
↑本編はコチラ

そういや、全然 千文字にならなかった。約二千文字ありまする。
短くするってムツカシイよねw






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