Nicotto Town


まゆほん課長の徒然日記


自作小説 『チョコレート国物語外伝』 その2

※その1からお読みください


 まだ昼間であったが、森の奥に入れば入るほど辺りは暗くなっていった。何処かで獣の鳴き声がした。マユリアンは身構えた。マユリアンは剣の腕には自信があった。真っ暗となった辺りを見回したが、何も出てくる気配は無い。マユリアンはホッとして気を緩めた。その瞬間。

「マユリアン……」

 マユリアンは振り返った。カンテラに火が灯り、一人の女性の顔が浮かび上がった。

「カミリア!」
 そう。その人物はまさにマユリアンが探していたカミリアだったのだ。マユリアンはとりあえず安心した。こんなに早く見つかるとは思っていなかったのだから。

「カミリア。心配したんだぞ。王子様もご心配されている。さあ早く帰ろう」
 マユリアンはカミリアの腕を引っ張ろうとした。しかし、彼女はその場から動こうとはしなかった。
「カミリア?」
「マユリアン。私。帰りたくはないの」

 カミリアは俯いていて、その表情には陰りが見えた。
「どういう事だ? まさか、誰かに脅迫されているのか? 誰だそいつは。言ってみろ。そんな奴、俺が倒してやる」
 カミリアの顔がほころんで笑顔になった。
「ふふ。マユリアン。相変わらず優しいのね。昔からそうだったよね。私に何かあるとすぐに飛んできてくれる。今回も必ず来てくれると思ってた」

 マユリアンはカミリアが何を言いたいのか分からず戸惑っていた。
「でもね。違うの。ここに来たのは脅されている訳じゃない。私自身の意思で来たの」

 カミリアの目は真剣だった。それだけでも決して、怯えて逃げている訳ではないことは分かった。マユリアンは昔のことを思い出した。カミリアは一度決心したら決して折れることのない強い心を持っている。マユリアンには今回もカミリアは何かしら重大な決心をしたのだと感じた。

「マユリアン。あなたはあの国が好き?」
「当然だ。王子様達が治められるあの国は素晴らしい」マユリアンはきっぱりと言い切った。
「そう……。でもね、私は嫌いよ」カミリアもまたそう断言した。
「王子様が納めているなんて名ばかり。今や全てがあのアリスが操っているわ」
「そ、そんな事はない! ちゃんと王子様達も意見を通している」
「そう? じゃあ何で今、お城の従士達がみんなチョコ動物たちの搜索にかかっているの? 国の守りも放っておいて」
「そ、それは……」
「だいいち、あのチョコ動物たちはアリスの愛玩動物でしょ?」
「この際だから言っておくけど、お城の食事甘いものばっかりでしょ? あれは全部アリスの好みなの。おかしいと思わない? 3食とも甘いおやつのような食事なんて……。極めつけは、魔王ビターによって甘いものが無くなってしまって、アリスはなんて言ったと思う? 『チョコレートが無ければパフェを食べればいいじゃない』よ!? 甘いものが無くなったという設定を理解してないのかしら! それで、ついでに言っちゃうけどさ、私……、甘いもの嫌いなのっ!」

 カミリアは溜め込んだ不満を言うだけ言って息を切らしていた。マユリアンは知っていた。当然だ。子供の頃から知っているのだから。

「だから……」
「だから、お城を抜け出したのか……?」

 カミリアは静かに頷いた。悲痛な表情を浮かべていた。

「……帰るぞ」
 マユリアンは返事も聞かず、カミリアの腕を掴んで引っ張った。しかし、カミリアも抵抗した。

「だ~か~ら~。わたしは~あの国に~もう~うんざり~なのっ!」
「いい~から~わがまま~言ってないで~帰るぞっ!」

 それから二人の口論と引っ張りあいこはしばらく続いた。マユリアンは知っていた。カミリアは心が強い、もとい頑固であることを。昔からそうだった。下らない事で意地を張ってばかりだった。いや、本人にとっては真剣なのだろう。今回の件もまた……。

「はぁはぁ……」
 二人とももう息が上がっていた。

「マユリアン……。辛いカレーとか食べたくない? 食べたいよね? だから私と一緒に国を抜け出そう。ねっ。そしたらいっぱい辛いもの作ってあげるから」
「うっ……」

 カミリアは心理作戦に打って出ることにしたようだ。それはマユリアンにとっても効果的であったようだ。しかし、マユリアンは持ち前の真面目さで何とか乗り切ろうとしていた。

「駄目だ駄目だ。俺にはあの国と王子様を守るという責任がある」
「マユリアン。私は知ってるよ。カレーが大好物なんだよね? あとキムチとかも! そうそう。私の実家の秘伝のキムチがあるの」
「うううっ……」

マユリアンの心は揺らいでいた。心というか、「キムチ」という言葉を聞いただけで身体が反応して涎が出てきてしまいそうだった。

「マユリアン。自分の気持ちに正直になろう? その方がきっと楽だよ」
 マユリアンは何だかテレビドラマでそんなセリフで男たちを騙す悪女を思い出していたが、必死に自制心を保とうとしていた。

「駄目だ駄目だ。それに……」
 マユリアンはチラリとカミリアを見た。

「カミリアが戻らないと、王子様が悲しむんだ」
「もう気づいているだろう? 王子様の気持ちに」
 カミリアは視線を落とした。

「うん……」
「だったら、王子様を悲しませないように帰ろう? カミリア」
「やだ」
「え?」
「あんな奴のためなら尚更やだ」

 マユリアンは唖然とした。王子様をあんな奴呼ばわりとは……。
「マユリアン。知ってると思うけど、王子様の女癖の悪さ」
「そ、それは王子様が優しすぎるんだ。だから、言い寄ってくる女性を無碍にもできずに……」
「王子様の威厳に関わるから名前は言わないけど、私が知ってるだけでも……」
 カミリアは指を折って数え始めた。手のひら一杯使おうというところでマユリアンは制した。
「も、もういい! でもな。王子様だぞ? 上手くいけば玉の輿になれるかもしれないんだぞ?」

 カミリアは呆れた顔でマユリアンを見た。
「私はちょっと器量が良いっていってもただのメイドよ。メイド。素養もあったもんじゃない。ましてや王子様の正室になれるわけないじゃない。アリスみたいなお嬢様と違うのよ。なれて月一回逢瀬が出来るぐらいの王子様の愛人止まりね……」

 カミリアは遠い目をしていた。
「きっとカミリアは王子様に大切に思われていると思うけどな」
 マユリアンは王子の顔を思い出していた。王子のカミリアの身を案じていた時の切実なあの顔は決して満更でもない気がしていたのだ。

「それにね。私は王子様よりも大切な人がいるの……」
 カミリアはマユリアンをチラッと見て、目を伏せた。
「そ、そうか。じゃあ、その人のためにも帰らないとな」
「だから、その人と一緒に国を出れたらなあと思ってるの。その人というのは今、眼の前にいる……」
 カミリアは恥ずかしさのあまり顔を覆い隠してしまった。
「う、うん。ともかく帰ろう、うん!」
「ってオイ! もうこの展開から言ったら決まってるじゃない! いくら鈍感という設定でも無理があるわよっ!」

 そう。いくら騎士道一筋で恋愛に対しては鈍感という設定のマユリアンであっても、既にカミリアの気持ちになんとなく気づいてはいたのだ。しかし、騎士たる者、メイドとの恋愛、ましてや忠誠を誓う王子様の思い人であれば、素直に受け入れることは出来ないでいた。

「……で、どうなの?」
「……」
 マユリアンは言葉に詰まってしまった。




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