「契約の龍」（８４）
- カテゴリ：自作小説
- 2009/07/23 16:37:07
宿のフロントカウンターで、クリスの分の夕食の手配を頼んだ。蟹・海老類は抜きで。届けられるまで小半時ほど時間がかかる、とのことだった。
部屋まで戻ると、ドアの前で、クリスがひどく申し訳なさそうに俺の上着の袖を引っ張った。
「えーと…夕食の手配をしといて申し訳ないんだけど…食事前に体を洗って、薬を使っておきたいんだ。…それで、代わりに受け取っておいてくれない、かなあ？」
すると、魔法使いが、部屋のドアを開けた鍵をこちらに抛ってよこした。
「では、私は今夜は部屋に籠っているとしましょう。何だったら、朝までそちらにいても構わないですよ」
「あの…探し物の事をお伺いしたいんですけど…？」
「明日にしましょう。医者の所で、思ったよりも時間を取られているし」
魔法使いが大げさに伸びをしてみせる。
「姫もお疲れでしょうが、私もそろそろ休みたいんです。…そういう訳で」
そう言ってさっさと部屋に入ってしまった。
「…何で俺が一言も言わないうちに話が決まっちゃうんだ？俺の意見は、まるで無視か？」
「…迷惑、だった？」
「……そういう訳じゃないが…」
「だったら…」
クリスが自分の部屋の鍵を使ってドアを開ける。
「食事が来るまでそこで待ってるか、中で待つか、それともそっちの部屋に行くか、は、自分で決めて。私は、とにかく、体が洗いたい」
そう言い捨てて中へ入ってしまう。中から鍵をかける音はしないが、気配が遠ざかっていくのはわかる。
ドアの前で、ゆっくり百数えてから、部屋の中に入る。居室内にクリスの姿は見えないから、体を洗いに行っているのだろう。大きく息を吐いてソファに腰を落ち着ける。
いくら朝まで戻ってこなくていい、と言われて動揺したからって、あんな言い方はしない方がよかったなあ、と反省する。でも、いくら「予約物件」だからって、クリスも無防備すぎる。…いや、「予約」のせいでクリスの警戒心が低くなっているのか。こっちはその分動揺してるって言うのに。
…まあ、クリスの言動の意味についていろいろ考えたところで仕方がない。殊に今日は体調のせいか言動が不安定だ。
考え事をしていたせいでか、ドアを敲く音への反応が遅れた。ドアを開けると、給仕が隣のドアを敲こうと手を挙げたところだった。
かろうじて隣に気づかれる前に食事の乗ったワゴンを引き取り、ドアを施錠した。…隣に届けられたら、明日何を言われるか知れたもんじゃない。…言われても気にしなければいいだけなんだけど。
ワゴンの内容を点検していると、浴室に通じるドアが開いて、クリスが戻ってきた。宿備え付けのバスローブを着て、同じ素材の布で頭を包んでいる。
「…食事、届いたんだ？」
「うん…つい、さっき」
…そう言えば、クリスの「金瞳」を、ちゃんと見るのは、初めてかもしれない。バスローブの合わせ目から覗く、鎖骨の下に掌ほどの大きさで記された、金色の丸い目の文様を見て、そう思う。
「えーと…食事の前に、背中に薬塗るの、手伝ってほしいんだけど…ダメ？」
言いながら、薬瓶を差し出す。
「そのつもりで引き留めたんだろうが。手が届かないのは、どの範囲？」
クリスが腰のあたりで、自分の背中に手を回す。
「この辺から上、だけど。…背中の方は、お腹に比べれば、それほどひどくはないから。むしろ、頸の方が、襟で擦れて…」
ほら、と後ろを向いてみせる。なるほど、襟の当たる部分が、腕と同じ状態になっている。
「これもひと手間要るんだな？ほかの部分は、どうするんだ？」
「あ、それは、自分で済ませた。腕にやってもらった分も、頭洗ったから、流れちゃったかもしれないと思って、念のために」
「…どうしてこれで手伝いが要るのか、と思うよ」
「だって、自分で自分の背中は見えないし。…どこが作業しやすい？」
唐突な感じで作業場所の指示を仰がれる。ある程度の高さで、クリスの背中を固定できる場所…
「…このソファでいいと思うが？背凭れの所でクリスが顎を固定すれば、作業スペースは確保できる」
「…こう？」
クリスがソファに横向きに座って、顎を背凭れに預ける。…着ている物のせいか、無駄に色っぽい。
「そんな感じ。…ちょっと手を洗ってくるから、薬の準備をしといて」
http://www.nicotto.jp/blog/detail?user_id=2002&aid=3112568
読み返してみたら、つじつまの合わないところがぽろぽろと…
民宿かな、と思いました。
クリスの金瞳はどんな意味があるのでしょう。
姫の証ですか。
クリス、少し色っぽいですね。