Nicotto Town


日記ダイアリー徒然草


短編:いやだね (前)

 宇宙人が菌をバラまいた。その菌は私たちを病気にする。その病気に罹ると、ある日眠ったまま死んでしまう。
 死体は真っ白な塵になって、跡形もなく消えてしまう。宇宙人の実験だ。私たちは、モルモットになった。

 ふと、扉を開けるのをためらった。ためらってから、結局開けた。
 教室の中にいたのは、四人のクラスメイトと、友人の由香里だけだった。私は彼女のすぐ前の席を陣取った。
「今日も、来たんだね」
 その言葉には、たくさんの意味が含まれているのを感じたが、私はただ曖昧に頷いた。
「木村はね、今日から来ないよ。親戚のところに行くって」
 私の視線に気づいたように、由香里は空席を見て言った。メールが来たのだそうだ。
「死んだんじゃなくて、良かったね」
 人類はすでに全員感染しているらしい。授業はなくなって、生徒は皆家で家族と過ごしている。死ぬ時まで、ずっと一緒にいるのだ。
 教室の扉が開き、女の先生が入ってきた。さらにすぐ後ろから、どこか見覚えのある小柄な生徒がついてきている。
「今日も、皆さん何事もなく来れたようで安心します」
 神野先生は、本当は別の学年の担任だ。でも今は、学年もクラスも関係なくなってしまった。生きている先生も少ないのだ。
「今日から一年の山崎くんも来ることになりました」
 小柄な生徒は、前をむいたまま何も言わない。神野先生が何かを言って、山崎くんは私の隣の空いた席へと座った。
 私は彼の横顔を見ていた。山崎という名前には、確かに覚えがあったのだ。
「新しいお話は今日はありません。食料を運ぶので、今日の係りの人は、先生と一緒に取りに来てください」
 神野先生が言うと、一番後ろの座席に座っていた男子二人が、ほとんど同時に席を立った。私たちは少ない人数の中で、当番でダンボールを運ぶ。神野先生曰く、ルールを定めるのは大切なことなのだそうだ。どんな状況においても。
 彼等が教室を出て行ったあとで、私は山崎くんに話しかけた。
「山崎くん、お姉さんいたよね」
「はい。居ました」
 過去形である。
「一週間前に居なくなっちゃったんです。それで、今朝親も居なくなったので、俺もここに来ることになったんです」
 両親の居なくなった生徒は、情報や安全の管理のために毎朝学校へ来る。私は中学校へ、弟は小学校へ、毎朝まるで授業を受けに行くかのように向かう。
「お姉さんと同級生だったんだよ」
「そうなんですか」
 山崎くんは大して興味なさそうだ。今朝親が死んだとは、とても思えない様子である。私だってそうだ。死んだという実感などない。死体ひとつ残さないのだ。
 先生がダンボール箱を抱えて戻ってきたので、私たちは教卓の前に列を作って並んだ。


 家に帰ると弟はまだ帰っていなかった。三日に一度配られる食料は、正直言って多過ぎるほどの量がある。食べ物がいっぱいあるのに、明日もしかしたら私は何も食べれないのかもしれない。それは怖いことだ。
 弟は今頃、坂道を登ってきているのかもしれない。私たちの家はとても高いところにある。急な曲がりくねった坂道のつづく住宅街で、私の家のあたりは十メートル程の崖になっている。そこからは街中を見渡すことができる。
「姉ちゃん、ただいま」
 弟も同じように、重たい食料を抱えて現れた。短く切った髪の毛がキラキラと日の光を浴びている。気づけばもうお昼である。
 弟に言った。
「ご飯にしようか」
「うん」
 弟は机を丁寧に拭き始めた。少々潔癖症気味なのだ。私は食料品のなかを漁って、缶詰をいくつか出した。味の濃いものばかりなのが残念だが、種類も豊富で美味しい。
「姉ちゃん、リモコンはちゃんと元あった場所にもどしてって、言ってんじゃん」
 全く几帳面である。

 夜になり、私は眠った。もう起きることはないかもしれない眠りだ。
 そして夢を見た。小学生の時の夢だった。
 小学四年生の時、私は生き物係をやっていた。動物はそこまで好きじゃなかったけれど、ほかになりたい係りもなかったのだ。選んですぐに失敗だと気づいたのは、水槽で飼っている金魚のせいだった。毎週水槽を洗わなきゃいけないのに、毎回きれいに洗っても、いつだってひどい臭いがした。特に水を捨てた直後が一番辛く、洗う指の先から体が腐っていく気がした。
 夢の中で、私は割れた水槽を眺めていた。教室の床の上に、金魚が落ちていた。あたり一面に水と悪臭がばらまかれていて、私は思わず鼻を押さえた。
「ひどい」
 私に向かって声が放たれた。振り返った先にいた女の子は、私を睨みつけた。
「鼻つまむなんてひどい。金魚が死んだのに」
 声が震えていて、私は彼女が今にも泣きそうであることに気がついた。クラスメイトがみんな、私たちに注目した。
「私分かってるよ。この水槽を倒したの、あなたでしょ」
「そんなわけないじゃん」
「やりそうだって、ずっと前から思ってた」
 全員の目が、私に向いた。彼女はついに泣き出した。
「生き物を殺すなんて最低。信じられない。金魚、返してよ」
 彼女、山崎さんと私は、同じ生き物係だった。


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2013/01/05 06:58
クラスの人の配置がとてもリアルで判りやすいですね。
宇宙人が菌をばらまく。無理に宇宙人にせずに、パンデミックのほうがよりリアルになるかなあと

秩序ある文章はとても読みやすいです。
手慣れたブログをかく人が、けっこうやるんですが
台詞「●●」の場合は無理に連続させないほうがいいように思います



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