「契約の竜」(82)
- カテゴリ:自作小説
- 2009/07/21 22:46:42
「……事務手続きに時間がとられて…食事が遅くなるじゃないか。……まあ、その分、守秘義務はしっかり守ってくれそうだけど」
むずがゆさを我慢しているのか、いらいらと落ち着きなく手や足を組んだりほどいたりしているクリスを見て、
「我慢が出来ないなら、掻いちゃえばいいのに」と感想を洩らしたところ、
「そんなことしたら、傷が残るじゃないか。………傷ができない程度で抑えられる自信がない」と、珍しく弱気な答えが返ってくる。
だんだん機嫌が悪くなってくるクリスの横に座っているのがいたたまれなくなった頃、ようやくクリスが診察室に呼ばれた。
やれやれ。
「一緒についていかなくていいのかな?」
向かいの長椅子で、一緒にクリスを見送った魔法使いが言う。
「ついてきてほしいなら、彼女が自分でそう言うでしょう。口の利けない子どもでもないし」
「そうではなくて…先ほど危惧していた事を、確認しなくてもいいのかな?と思って」
…しまった。
「…失念していました。でも、今から入っていくには、何か口実でもないと、診察中を覗くのは、ちょっと…」
「遠慮があるのは、医師に対してかな?……それとも、彼女に?」
「どっちでしょうね」
はぐらかしていると、さっきの女性がやってきて、「薬の使い方の説明をしますので、どなたか一緒に来てください」と呼ばれた。
「…使い方?」
「とにかく、どなたか」
薬の使い方に、どんな注意が必要なのか解らないが、とにかくついて行ってみる。
通されたところは、どうやら調剤室のようだった。
「ちょっとここで待っていてください」と椅子を勧められたので、座って待っていると、奥の方のドアから、ブラウスの袖をまくり、上着を肩から羽織ったクリスが入ってきた。白衣の女性がクリスにも座って待つように指示したので、クリスが横に腰を下ろす。
ブラウスの袖から覗く、赤く斑になった腕が痛々しい。そっと指先で触れると、熱を持っているのが判る。
「思ったよりもひどいな」
「大したことない。前の時は、もっとひどかったし。…それでも「証」の周囲だけがどういうわけかまっさらなのが腹立たしいというかなんというか…」
そうしているあいだに、目の前のテーブルの上にこまごまとしたものが並べられた。小瓶に取り分けられた何種類かの軟膏、水を張った洗面器、ガーゼ、へら、ハサミ、十数個ほどの薬包紙に包まれた、おそらくは散剤、など。
テーブルの上のものを指さし確認したのち、さっきの女性が、向こう側に座る。
「まず、こっちの薬から説明するわね」と、薬包紙の方を指さす。「炎症を抑える薬。一日三回。空腹時は避けて。よろしい?」
クリスがうなずくのを見て、コップの水とともに、一つを前に出す。
「では、まず一つのんでください」
「……そこから指導されるんですか?」
「いいえ、違いますよ。とりあえず、今おつらそうなので」
クリスが消炎剤を飲んでいる間、白衣の女性が、ガーゼを水に浸して軽く絞る。
「患部を冷やすのと、きれいにする目的で、軽く洗い流します。ここは傷がないようですけど、掻きむしったり、衣服でこすれたりして傷になっているところでは、先にこれを塗って保護します」
ひときわ小さい、青い蓋の軟膏を示す。もう指導が始まっているらしい。
「使う前に手を洗うのを忘れないように。それから…」
女性医師――薬師かも知れない――の指導は、徹頭徹尾基本に忠実だった。瓶から軟膏を出すときは専用のへらもしくは清潔な指を使うとか、一度瓶から出した軟膏は、戻さないとか、薬は患部全体に薄く平均的に伸ばすとか。よくもまあ、クリスが途中で「そんなことは知ってる」と怒り出さなかったものだ。
「…あの、何かご質問は?」
こまごまとした説明の最後に、恐る恐る、といった感じでそう付け加えて、説明は終了した。こちらを見る目が、「どうか私に答えられないような質問はしないで」と訴えている。
「この薬を使いきってしまっても、まだ治りきらなかった時のために、処方箋の控えが頂きたいんですけど、よろしいでしょうか?」
クリスがにっこりと微笑んでお願いする。
基本に忠実な女性は、ほっとしたせいなのか、最後にポカをしでかした。手元のクリップボードに挟んだ処方箋を、そのまま差し出したのだ。
えらい詳しく書かれていますね。
それに更新が早いですね。
慣れておられるのかな。
ついて行くのが大変だ~。