ある朝、起きたら窓の外には雪が降っていた。

パジャマ姿の僕は一杯シングルモルトを飲み、本を読み始めた。本の題名は『愛はなぜあるか』

そんなもん聖書に書いてある事の焼き直しか、多様性と種族保存のためだろ！
僕はそんなことを毒づきながら。ほんとうは心の中で呟きながら、その本を読み進めた。
実際には、その問いにとても興味があったんだ。

でも、その本は予想よりも、くだらない内容だった。愛が大切だということを繰り返し繰り返し、いろいろな例をあげながら書いてあった。読んでる人間の感情に訴えかけるように書かれていた。

そんなことより僕の知りたかったこと。愛がなぜあるか。もう少し具体的にいえば、愛がなぜ大切か。その理由については、なにも書かれていなかった。

僕はその本を暖炉にくべた。

めらめらと燃える本を眺めながら、僕は小さな声で歌った。

『　チムチムニー　チムチムニー　チムチーチェリー
　　煙突掃除はいい仕事さ
　　チムチムニー　チムチムニー　チムチーチェルー
　　あんたと握手はできないけれどね』

UNIQLOのフリースをパジャマの上から羽織る。ブーツを履く。

山小屋のドアを開けた。

雪は深く積もっていた。
向こう側に小動物の足跡。多分、てんだろう。そいつの足跡が林の中に消えて行ってた。

雪はまだ降っている。

ぼくは、そいつを追って歩き始めた。まだ近くにいるはず。

歩きながら、人生で一番後悔した事を思い出してみる。

あの女。あいつの事が心に浮かぶ。

僕は『ズッキューン』と叫んで雪の中に前から倒れた。

顔が冷たい。だんだん下半身のパジャマに水がしみてくる。

ぼくは罪深い。
愛なんて。愛なんて。

そのままじっと待つ。
僕の罪は消えない。

しばらくして、ゆっくりと立ち上がる。

向こうで大きめのエゾリスがこちらを向く。
テンじゃなかった。

ま、だいたい、ぼくは動物の足跡なんて識別できない。

いいさ。愛なんて。

でも、ぼくを救えるのは愛だけだ。それは分かっている。だけに辛い。

手が冷たい。
山小屋のほうに戻る。

歩きながら人生で一番辛いことを思い出してみる。あの事。

涙が出てくる。
誰かに打ち明けたくても話せない、話したくない事。

涙が凍るまで気温は低くない。

でも、それよりも悲しい想いをした人間は何万人もいるのだ。


山小屋のドアを開け暖かい部屋の中にはいる。

パーコレーターがポコポコいっている。
友人が振り向く。
ニヤリと笑いながら言う。

『おい、びしょ濡れだぞ。何やってんだ？馬鹿だな。』

ダイニングテーブルにマグカップを二つ並べる。

『紅茶もあるけどどうする？』
『ありがとさん。コーヒーにするよ。博多の珈琲屋の豆。うまいもんな。』

友情で十分なのか。それとも、これも愛に含まれるのか。



山小屋の外には雪が積もっていく。

愛ね。欲しいんだけど。
コンビニでは売ってないよね。



顔を洗いフリースを脱ぎパジャマをスエットに着替えた。

友人は暖炉の火を眺めている。

ゆっくりと話す。
『火っていいよな。結局、人は火に守られてきたわけだし。』
『おいおい。何の事だよ。』
『ま、いいから眺めておけよ。』

無言の時間が流れる。

『な？』
『確かに。。。だな。』

少し落ち着いた気がする。
彼はまたニヤリと笑い、暖炉を火かき棒でガサゴソ探る。

ゴロッとアルミホイルにくるまれた物体が出てきた。
『ホイっ。焼き芋。朝めしだ。』
『お前のは？』

『焼き芋プラース！』
ゴロッともう一つ取り出し、もう一つ隣にある細めのアルミホイルを開く。
『ジャーン。ソーセージ！』

二人で笑う。

昼飯は僕の番だ。ペペロンチーノっぽいパスタを適当に作ろう。裏で育てた椎茸もいれてしまうか。


この時間が貴重なのはわかっている。

でも、あの事はまだ話せない。

ぼくはそれを心のポケットの中にしまい込み、生きてきた。

少し泣きたくなり、ぐっとその気持ちを押さえ込んだ。
でも、今はまだそれでいいんだ。

それでいい。