Nicotto Town


まぷこのぶろぐ・・・か?


「契約の龍」(79)

 街にたどり着く前に、クリスが空腹を訴えた――本人はそんなことは言っていないと主張しているが、全身から「空腹のせいで機嫌が悪い」という雰囲気を醸し出していた――ので、宿に戻るより先に、空腹を満たすべく、適当な飲食店に寄ることになった。
 港町という場所柄、メニューの主力は煮たり焼いたり揚げたりした魚介類だったが、その店では、魚介のスープで煮込んだ雑穀粥が特にお勧め、というので、とりあえず全員それを頼んだ。三種類まで副菜が選べるということだったが、名前を聞いてもさっぱり分からないので、選択は店の者に任せた。
 クリスはもちろん、俺もこういった店に慣れていないので、緊張している様子を見て魔法使いが妙に楽しげな様子を見せた。
 「ふうん。少年少女は、こういうところには慣れておられない?」
 「私の生活圏には、こういう店はなかったので…というより「店」自体がなくて」
 「ほーお?」
 「お聞き及びではありませんでしたか?私の出自について」
 「半分しかね。…つまり、父上の方だけ」
 「…まあ、ほかの方にはあまり重要なことでもないでしょうから、知らなくても仕方ありませんよね」
 …そのあたりで料理が運ばれてきた。大ぶりな陶製のマグカップに入れられて、一緒に運ばれてきたのは、どうやら酒のようだが。手に取って顔を近づけてみると、アルコールの匂いに負けないくらい、香草の匂いがする。
 「少年は、アルコールはダメかな?」
 魔法使いが、笑みを含んだ声でそう言う。
 「…あまり、飲みつけては、いません」
 「「風邪薬」より、多少強い、程度のようだから、極端にアルコールに弱い、というのでなければ、気にすることはないと思う」
 クリスが一口か二口、飲み下してから、そう言った。
 「…それとも、何かまた失敗談でも?」
 そんなもの、しょっちゅう披露してたまるか。
 「………自分の記憶では、そんなものはない」
 「…そう?だったらもう少し舌が軽くなるようなのを持ってきてもらう?」
 粥を匙でかき混ぜながら、クリスがそうまぜっかえす。
 「遠慮願いたいな。宿までまた歩かないといけないし」
 「…膝が立たなくなるほど飲むつもり?」
 「だから、こういうものは飲みつけないから、自分の限度っていうのが判らないんだ。…そういうつまらない戯言を吐く暇があるなら、食べ物を口に運ぶように」
 俺とクリスのやり取りを見ている魔法使いの目付きが妙に懐かしげなのは…自分の雇い主のことを思い出してでもいるのか。
 自分のカップの中身を飲み干した魔法使いが酒のおかわりを頼むと、「後で状況説明をお伺いしたいので、控えていただけるとありがたいんですが」とクリスが苦情を述べた。
 「そのあとで、でしたらつぶれるまで飲んでいただいても構いません。…お弔いですものね」
 「ああ…いや、自分では、もうずっと弔いのつもりだったけど…改めて確認してしまったからね、今日。…少しは控えとこう」
 「…まあ、密葬とはいえ、あの席で彼女の事を心から悼む気持ちがある人がどれほどいたかは、わかりませんからね」
 「…そういう物騒なことを言いながら、いったい何を除けているんだ?」
 さっきからクリスが、しきりに椀の中をかき混ぜているのだが、どうやら小さな肉片を椀の片方に除けているように見える。
 「…ああ、あれ見るまで忘れていたのだけど、そういえば私は甲殻類が食べられないんだったなあ、と思い出して」
 あれ、と示す先には、テーブルの中央に盛られた蟹を一心不乱に食べているグループがあった。…だが、「忘れていた」とは?
 「食べられない?」
 同じような疑問をもったらしい魔法使いがそう訊ねる。
 「…去年の今頃……もう少し後だったかもしれませんが、…蟹でひどい目に会ったことがあって。…で、調べたら海老でもそうなる、って判って。それ以降、どちらも食べていません。…うっかり口に入っちゃった、という可能性は、あるかもしれないけど」
 「ひどい目?」
 「…蕁麻疹で。もう全身がかゆくて。特に、首とか肘の内側とか膝の裏とか、皮膚が薄い所に強く出るので、かきむしるわけにもいかなくて……二日ほど、のたうちまわりました」
 …アレルギーか。
 「ああ、それは申し訳のないことを。この時期は蟹が出始めなので、よく店で出されるんですよ」
 「いえ……忘れてた私が悪いんですから。…それよりも、念のためにお医者さんの場所を教えていただければ」
 「それならば、私よりも、ここの店主に聞いた方が早い」
 ちょうど通りかかった給仕を捕まえて、店主を呼び出す。

#日記広場:自作小説

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2009/07/19 11:13
クリスとアレクと魔法使いが密葬の帰りに食堂で食事。
クリスは甲殻類のアレルギーですね。
雑穀粥がおいしそうです。食べてみたいです。



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