勘三郎丈のこと
- カテゴリ:日記
- 2012/12/06 23:55:58
10日ほど前に実家に行った時、母と
「勘三郎さんは病状が思わしくないらしいよ」
「あらまぁ・・・。上手い、いい役者さんなのに。お父さんも上手かったわよねぇ。」
「あれ?お母さん、先代の舞台なんて見てたっけ?」
「随分昔でよくは憶えてないけど、いいなぁって思って見た記憶はあるわよ」
「私が先代の舞台を見たのは初めて歌舞伎を見た時の1回きりだから、あれは
お母さんと行ったんだったっけ?」
なんて話しをしていました。
私が初めて歌舞伎を見に行ったのは1983年。「浮舟」と「義経千本桜」の「鮨屋」で、
17代目勘三郎さんが匂宮の役で「浮舟」に出ていらっしゃいました。
18代目勘三郎さんの舞台はその1~2年後。勘九郎時代に栗本薫作の「変化道成寺」
に出ていらっしゃいましたが、この時は休憩時間にロビーで栗本薫さんを見かけた印象が
強くて、残念ながら舞台の記憶はほとんどありません。
1987年に国立劇場で尾上辰之助丈の最後の舞台を観てからのちは長らく歌舞伎を
見に行く機会がなくなり、復活したのが2008年。
この時の1本が「刺青奇偶(いれずみちょうはん)」。いい奴なんだけど博打が止められない
半太郎を勘三郎丈、半太郎と出会って妻となる薄幸の女お仲を玉様という顔合わせ。
「えっ!勘三郎ってこんなに上手い役者だったんだ!」と目から鱗で、前半は笑わせ
てもらい、後半は思わず涙の良い舞台でした。
江戸所払いの半太郎が行徳の海岸で杭にもたれるようにして対岸の江戸の街を
眺める後ろ姿だけで、主人公の故郷や親を思う切なさや寂しさが伝わってくる幕開け
から「参りました!」って感じでしたっけ。
本当に楽しげに踊っていた「高坏」も、当たり役の「文七元結」の左官長兵衛も、
「籠釣瓶」の佐野次郎左衛門も良かった・・・。
あぁ、こんなに早く逝ってしまうなんて・・・。
平成中村座のチケットは高いなんてケチケチするんじゃなかった。
「法界坊」も「髪結新三」も「夏祭り」もまだ観てないのに・・・。
ほんとうにねぇ・・・。
今日は昼から追悼番組をみまっくて、今も髪結新三を録画中。
栗本薫さんはお着物でいらっしゃてましたよ。特にファンでは
なかったのですが、ラッキーでした。そうそう、勘三郎さんも
数年前に東京駅で間近に見かけたことがあります。あまり背は
高くないのに大きく見えましたっけ。
そうそう、明日のことは誰にもわからないし、長いようで短い人生。
好きな人とのかかわりは大切にしないとね。
ニュースで見ましたが、
舞台での息子さんたちの口上が胸を打ちました。
栗本薫さん…見られたんですか。
私はファンだったのに、一度も生で見たことなく、
お別れ会にやっと東京まで行きました。
元気なうちに、好きな人には会いにいかなきゃいけませんね。
体を張らなきゃ笑わせられない芸人よりよっぽど笑わせてくれたし、
子供や動物を出さないと泣かせられない映画やドラマより泣かせる
芝居のできる人でした。
天国では麻雀どころじゃないかも。実の父(先代の勘三郎さん)と義父
(橋之助の実父でもある芝翫さん)に「来るのが早過ぎる」と怒られて
いることでしょう。
大河ドラマは小学生の頃から(記憶では「国取物語」から)、「いのち」と
「武蔵」以外は全て見ているのですが、「元禄繚乱」は何故か内匠頭の
東山君、阿久利の宮沢りえ、上野介の妻の夏木マリ、堀部安兵衛の
阿部寛のイメージしかないんです。
私にとって勘三郎はやっぱり歌舞伎役者なんですかねぇ。
私は歌舞伎はサッパリなのですが、大河ドラマが好きで、
勘三郎さんの演技力等は安心して見ていた様に思います。
今頃、天国で森光子さんと麻雀してるでしょうか…。
合掌。
NHKの大河ドラマのイメージだけなんですけど、楽しませてくれたのに残念ですね。
合掌。