Nicotto Town


人生カカト落とし


さいってぇ〜

引き出しに、ボルトが一本入っている。
太さは指ほど、長さは小指の第二関節までくらいの鉄のボルトで、頭に年号とマークが刻印してある。
記念品、お土産みたいなものだが、わたしにとってはある種お守りでもある。
熱意とやる気と行動があれば、突飛なこと、夢みたいなことも実現できる証拠品だからだ。

わたしがヲタクがかった人間だというのは御存知のとおり、でもって以前から隙あらば『装甲騎兵ボトムズ』というアニメが好きだと言いたてている。

このアニメに登場するロボットが、人が乗るいわゆる「巨大ロボット」としては多分最小、これ以下だとパワードスーツになるだろう約四メートルという大きさだった。

で、最低野郎と称される(大概自称。作中のロボット乗りを指す隠語の本当の意味「最低の奴ら」から)ファンは(もちろんわたしもだ)冗談半分で
「AT(アーマード・トルーパー。ボトムズに登場するロボット)なら原寸大模型作れるんじゃない? 作りゃいいのに」
と言っていた。

ほぼ十八メートルある原寸大ガンダムがお台場に立ってる現在だと「そうだね」くらいの感覚だろうが、そう言っていた頃にはありえない、でも「巨大」と言うには小さいこの機体ならあるいは……という冗談にわずかばかり本気がまじった言葉だった。

ところがある時、その冗談まじりの言葉を実行に移す人物が現れた。
個人が、独力で、それも鉄を材質として、だ。
このロボヲタの夢を実行に移した人物は、当時実は「最低野郎」ではなく、ボトムズに関してはプラモデルを作ったことがある程度、原寸大の巨大ロボットを作ってみたくなった鍛冶屋さんにしてアーティストだった。
最初はアニメの版権元にも無断で作りはじめ(作っている最中にサンライズから接触があり、許可がもらえたらしい)、過程をネットで公開してひっそり話題になっていた。

外装だけの模型とはいえ、現物を見てみたい、そう思っていたら、完成したのちに個展をすることになって、1/1ボトムズと他の作品(ギターとか、外装を交換したPCとか、チンクタンクは現物はなく映像のみだったかな、みんなユニーク)を勇んで見に行った。

場所は水道橋、会場に近づくと、なんというか覚えがあるよな雰囲気の人たち(ファッショナブルな場合でも、何故かわかる)が増えてきて、結局、皆が個展の列に並んだw

一瞥して驚いた。
四メートル近い鉄の偉容は、見る者を竦ませるに充分だった。
早く作った部分には錆が浮き、最後頃制作された部位は磨かれた鉄そのものの色で「機械」を感じさせた。
フィクションに登場するロボットとしては小さいはずの機体の迫力に気飲まれた。

見ている人の声多数。
「こんなのと戦えと言われたら泣いて逃げるね」
「小便ちびって逃げる」
「メロウ(メロウリンク。生身で対ATライフルを武器にATと戦う番外編の主人公)は凄いわ。俺は嫌だ」
うん、これは、怖い。正直ここまでとは思ってなかった。
アニメの制作者は、このロボットを米軍のジープ感覚で想定して作品を作っていたが、この1/1を見て「これは兵器だ」と、考えを変えたそうだ。

会場内部ではATを回り込むように順路が設定してあって横・背後までを見ることが出来た。
転倒防止のため、会場現場の鉄骨にATの肩部分を溶接してあったが、間近の横や後ろから見ていた時、阪神の震災を経験したせいもあってか、
「崩れる。今地震があったら確実に死ぬ」
と、ロボット云々以前の質量への恐怖で内心ちぢみあがっていた。
ロボットへの憧憬や恐怖も、案外そんな原始的な感情にきざしたものなのかも、とも思うのだが。

冒頭に書いたボルトは、この個展で記念品として販売していた、ロボットに使われたのと同サイズのものだ。
あり得ないと思えることでも実現できる、それを「楽しそうだから、やってみたいから」で実行した人がいた証拠品だ。
好きで、その気で、やる気があれば「出来そうで、でも難しい」ことは現実にできるのだ。
ときどき取り出して眺めては自分に発破をかけている。

でもって、この1/1ボトムズを作った倉田さん、一時は自分のサイトに「ロボットづくりはもう飽きた」みたいな文章を揚げていたが、その後「飽きた」を消して「飽きてない」にしたかと思うと、またロボットを作り始めた。
今度はオリジナル、それも搭乗できるもので、後に姿勢制御の技術を持った人が制作に加わって、さすがに二足歩行ではなく多脚だが、本当にロボットを作り上げてしまった。
ネットで話題になった、水道橋重工のクラタスだ。

「ガンダムが実現」みたいに紹介されてたのを見たけど、実際は、人が搭乗する胴体部など特にだ、むしろボトムズ、ATに似ている。

紹介されていたサイトにコメント欄がある場合、あっちでもこっちでも、
「こいつの肩は赤く塗らねぇのか?」
と書き込まれ、
「貴様、塗りてぇのか」
という応えが必ず(タイミングのせいで時に複数)書き込まれていた。
ボトムズのOVAのなかにある会話だ。

気分はわかる。というか、返答なければわたしでもレスを書き込んだかもw
書いた人間は間違いなく最低野郎・ボトムズのファンで、放送から長い時間を経ても作品が好きで、でいい歳して、ロボットやそれを実現する人や話題にわくわくしている。

バカバカしいかもしれないが、好きなものを変わらず好きで、でもってそれにかかわる何かをまた新しく楽しんでるのは素敵だ。
そんなわくわくが絵空事でしかない何かを本当にすることだってあるかもしれない。
ボルトをながめつつ、そう思う。

いいよね、と言う代わり、ここは「最低〜」とでも言っておこうかw
(いや、最低野郎という呼称自体、わかってる者同士以外で使っちゃ駄目な言葉だからねw)

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2012/09/18 00:39
corraさん
ATは架空の物に現実的な手触りを感じさせる大河原さんデザインの、ある意味到達点だと思っています。
ガンダムは、ファーストど真ん中の世代ですが、お台場はまだ見に行ってません。
思い入れ……というか執着の差でしょうかw

まりえるさん
いいですよね〜、ボトムズ。
スコープドックを作っていたのに、右腕作ったところで「飽きた」で、片腕を砲にしてブルーテッシュドック(正確には左右逆だったのでブルーテッシュカスタム、か)にしたあたりで、大仕事すぎて完成しないかも……とちょっとヒンヤリしました。
ここのところ、女性向き作品に挑戦しようとして敗北していて、ここは思い切って『彩雲国物語』挑戦してみようかと思ってます。
問題は最初あたりが近くの書店で見当たらないこと。捜して無理なら注文かな〜

ながつきさん
「面白いなら他の素材でも」って方ではあるようですが、ATを作ったときは「鉄で実寸のロボットを作ったら面白い」っていうのがあったようで、作っている時に「こういうのも鉄の特性」みたいに書いてある部分があって「仕事を愛するプロの顔」がのぞいてるように感じました。
……かっこいいですw

レガオさん
製作当時、一部でひっそり話題になってました。
技術がある人が本気で遊ぶと凄いことになるんだな、とドキドキしたのを憶えてます。
そういう実働する人を一部軽く見る風潮があるのが理不尽だし、腹立たしいです。
物を作る、ってことを甘く見てる人が多いと感じませんか?

絵夢さん
すでに関東に出てきていた頃なので、勇んで見に行きましたw
側に行くと正直、震えがきました。
原型師を目指せる腕は心底うらやましいです。
絵は下手でも意地で描き続けてますが、立体物は本当に悲しくなるくらい下手なので。
まぁ、立体把握ができてないから絵の方もアレなのかもしれませんが……

ぢょほほんさん
おぉ、行かれたんですか。迫力でしたね〜
ボトムズ、作品自体もお薦めです(本編が、特に。OVAはいまひとつ)。
フルメタにかなり影響あたえてますし、虚淵玄も自分の原点のひとつとして挙げているので。
お好きな方向性のような気がしています。まぁ、ファンの言ですけどねw
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2012/09/17 22:17
あ、俺も水道橋に観にいきました。
もう何年前になりますかね?

衝撃的でしたねえ。
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2012/09/16 14:22
おお、あれを観に行かれたんですね(^^)。
遠出する資金がなくて諦めました。

僕もモデラー(特に原型師)を目指してた頃があるぐらい”ものづくり”が大好きで、
ATは色んな意味で魅力的な素材でしたねぇ。

当時、真剣に馬鹿をやるのは圧倒的に海外で、国内でやってる人は神でした(^^)。
中身はガキのままなので、たぶんこのワクワクは一生続くでしょう(^^)。
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2012/09/15 10:13
初めて見ました。鍛冶屋さんですか。
基盤技術系(鋳造、切削、プレス等)の製造業の方とお付き合いがありますが、
こいつはスゴイですね。
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2012/09/14 20:06
少し遅れて倉田氏のサイトを知ったのですが、
工学屋でもプラモ師でもなくて、”鍛冶師”というところに、トキメキました~^^
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2012/09/14 11:46
すかさはさんw

またひとつシンクロ発見www
私はこの方のブログをずっと読んでいました。
完成はするまいと思っていたのに個展まで開いたのには
感慨深いものがありました。

ボトムス、いいですよねっ!!

前のブログでのお問い合わせですが「彩雲」は少女小説の清く正しい展開は
前半だけで、以後はこれラノベ? という感じで進んでいます。
本読みなら筆者が書きたい書こうとしていた事に迷いが生じている時点
そこから立て直して、少女小説と書きたいものの接点を模索しての完結と
読めて取れるある意味非常におつな一品ですw

「大奥」は賞を総なめにするだけの作品ですよ。
BL臭はほとんどありません(大奥の中に男ばっかりなので0ではありませんが)
基本、将軍になった姫達の国を動かす作る話しです。
男女が逆転している故の女性がかって受けた差別を男が受けています。
こう色々考えさせられる作品ですよ
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2012/09/14 04:50
「実物」の存在感、てのは圧倒的ですね。
大河原さんのデザインはいまいち好きではないですが、
お台場にはついつい出掛けてしまいました^^;

物心がついてから初めて行ったダムで
膨大な貯水量に怯んでしまった覚えがあります^^;



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