Nicotto Town



忘れられない、あの夏(前編)

同点で迎えた9回裏、僕はセンターのポジションについた。
バッターは7番から。
2点差を9回表に追いついた僕らには勢いがある。
だいじょうぶ、この試合もいける。僕はまだみんなと野球がしたい。4回戦で終わりなんてまっぴらだ。

でも、タカハシのやつ、力んでるのかな、ストライクが入らない。
先頭打者を出しちゃいけないって気持ちが出すぎているのだろうか。
前から左打者が苦手だとは言っていたけど、そんなに小ワザのきくバッターでないことは、偵察班から聞いているだろうに。
真っ直ぐをズバっと投げ込んでやれよ。
ほら、カーブだってタイミングが合わずに、三塁線にファールじゃないか。
だいじょうぶだって、真っ直ぐで。
長打力がないのは僕だって頭に入ってる。
オオノが言ってたよ。バットコントロールは上手いけど、一発はなさそうだって。
信じろよタカハシ。
オオノだってベンチに入れなくて偵察班にまわったけど、あいつの実力が低くないのは一緒に練習していて判っているだろ?
もちろん、タカハシ、お前もな。
次は、内角にスライダーか。
ぶつけるなよ、タカハシ。

ボール。

「惜しい。惜しいよ、タカハシ。いいとこいってるよ」
思わず声が出る。
けど、あいつのところまで届くかな。
でもいい、届かなくても。僕のところに打たせたら必ず捕ってやる。
そうだ、自分への気合だ。
でも、3ボールはキツいな。
いいよ、打たせろって。絶対捕ってやるからな。

次の球は外角に真っ直ぐね。
そうだよ、それでいいんだよタカハシ。
ヤツは空振りか、せいぜいサードゴロで終わりだ。

ボール。

んー、痛いな。ストライクとコールされてもおかしくないコースなのに。
っていうか、なんで振らないんだ?まったく、やる気あるのかよ。
しかし、痛いな。フォアボールでも先頭打者が出ちゃったから、厳しいぞ、これは。
でも、今日のタカハシならだいじょうぶだろう。
今のボールだって、たまたまボールに判定されただけで、いいコース、ナイスボールだったぜ。

「オーケー、オーケー、タカハシ。次はしとめようぜ」
と、叫んではみたけど、バントだろうなここは。
ギリギリのコースと変化球で、ラクにバントさせることはないぜ。

初球はバットを引いた。

ストライク。

今のは?
まさかヒッティングはないだろう。
ということは内野手の動きを見るためか?
たしかに一塁手のカワグチは左投げだ。
一塁線上に転がすのは、捕りやすく、二塁へ投げやすい。
相手だって、どこへ転がすか計算はするはずだ。
でも、計算どおりに転がせる技術があるというのか?

二球目は外角へスライダーの指示。
うん、いいぞ、外へ投げていく球になるので、転がすと川口の前にいくはずだ。

ボール。

またバットを引いた。
見切ったのか?でも、一塁ランナーもスタートしてなかったよな。ベンチからのサインか、今のは。
では、何球めだ、ベンチの指示は?次か?
ちくしょう、相手に合わせてやる必要はないぜ、タカハシ。次はウエストしてしまえ。
捕手の要求は、高めにカーブ。
なるほど、それもバントしづらい。しかも二球続けて速い球の後だ。バットに当てるのが精いっぱいのはずだ。

あ、抜けた。
バッターがのけぞってかわして、判定はボール。ランナーは?

走ってない。

ここでもなかったか。
でも、次はくるぞ。2ストライクになったらバントしづらいもんな。
外角へのスライダーか。
だいじょうぶ、タカハシなら要求どおり投げられる。
さっきのボールは、たまたますべっただけなんだろ?

タカハシがセットに入る。
左の肩越しにランナーを見て、足を上げる。
ランナーは上がった足を見て、スタート・・・してこない。
ウソだろ?ここでもないのか。
判定はストライク、またバットを引いて見送り。

本当かよ?ということはヒッティングなのか?
同点の9回裏ノーアウト、ランナー一塁のこの場面で?
いや、バントだろう?それくらい自信があるってことか?
8番打者だもんな、あまり打てない分、バント練習ばかりしてるんだろう、きっと。
でも、オオノが下位打線はミートが上手いって言ってたな。
打ってくるのか、ここで?

次の要求は、内角にストレート。

そうだな、それしかないよな。
バントなら差し込まれて失敗しやすいし、ヒッティングでも当てるのがやっとだろう。

再びタカハシがセットの入り、左肩越しにランナーを見る。
一塁ランナーはベースから3歩くらい離れて、じっとタカハシを見ている。

牽制だタカハシ。
バントでもヒッティングでも次が勝負だ。
いったん間を開けろ。

が、タカハシはそのまま投球モーションに入った。
「行ったぁ」
右翼手の声が僕の耳に届いた。
ランナースタート。
きっとタカハシにも聞こえただろう。
でも、ウエストはできない。
バッターがバットを横に向けながら、体をこちらに向けた。

スリーバントか、やはり。

二塁手がベースに走る。三塁手は前へ、遊撃手は三塁ベースへ。
ぼくも二塁ベースに向かって走る。

ボールは?
ちくしょう、ナイスバント、タカハシの横、少し一塁寄り。
あれじゃ、二塁は間に合わない。

捕手が一塁を指した。
球を拾ったタカハシが一塁に投げる。バッターランナーアウト。
ワンナウトランナー二塁。

ちくしょう、やるじゃねーか、この場面でスリーバント成功とは。
今までどんな練習してきたんだ、やつは?

いや、まだだ。
まだ、終わったわけじゃない、二塁ランナーを還さなければいいんだ。
打順は9番だし、頼むぞタカハシ、ここは三振に打ちとってくれ。

捕手が内野手をマウンド上に集めた。

きっと三振狙いをみんなに伝えただろう。
いや、言われなくてもタカハシがいちばん解っているはずだ。
そうやってタカハシはいつもチームを引っぱってきた。
少しやりすぎなところもあって、一年生を蹴ったの蹴らないのと騒ぎになったこともあったな。
あれは一年生のほうが悪かったんだ。
ゴールデンウィークは家族で出かけるから練習に出られませんって、タカハシよりも先に先生に言ったものだから、頭にきたんだよな。
最後には、一年生にはオレたちが手本を示すとか言って収まったけど、アイツその後、一年生と喋ってないんじゃないかな?
本当に野球のことになると熱くなるんだよな。
ユニホームを脱ぐと、ただのバカなのに。
けど、いまは熱くならなきゃな。
ここで燃えなかったらタカハシじゃないぞ。

マウンド上から選手たちが、それぞれのポジションに戻っていった。
最後に捕手がマウンドを下り、ホームベース上でこちらに向かって何か叫んだ。
センターまで直接その声は届かない。

言いたいことは解っている。
前進か中間か、守備位置のことだ。
遊撃手が伝達してくれる。
「外野は前進だ」
外野は前進守備、つまり勝負だ。
フォアボールで歩かせて次打者でダブルプレー狙い、ではない。

相手は9番だ。
だいじょうぶ、タカハシなら抑えられる。
万が一、ヒットになっても内野ゴロで抜けてくるので、外野はバックホーム。
だから、外野は前進、内野は中間守備。
いいんだ、タカハシ、万が一に備えた体制だ。
お前は三振を取りにいけばいい。

アンパイアの手があがって試合再開、タカハシはボールをセット。
素早く振り向いた。

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2012/09/05 07:46

長いが 読んだ    元気みたいで 安心したよ 市井



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