絵日記
- カテゴリ:日記
- 2009/07/04 11:47:00
子供のころ書いた絵日記
もう残っていないから
両親が、適当な時期に捨ててしまったのかな?
クレヨン使って
夏休みはスイカやセミや海のワンショットってとこかな?
nikottoのこの夏のアイテムは
その、夏休み絵日記に近い感じがして
興味がわいています。
ところで、子供のころって
実は、すっごく残酷なんだよね~
そらまめは、
田んぼにいるオタマジャクシを土で生き埋めにしちゃって
数日して乾燥した岩を砕き
黒い化石化したオタマジャクシを見て
自然のアルバム~とか言ってたり
炎天下の熱い道路上に
蛙をホン投げて、ジューッと蛙を虐殺したり
今思えばすっごい酷いことを平気でしていました。
大人や少し年上の人がいたら
きっと注意してくれたと思う。
でも、現代は、注意しないし、注意できるような社会じゃないね。
命は簡単に自分の力で終わらせてしまえるんだという事を
その時期に学ばなければ、高校生になって
友人を平気で殺してしまう。
痛みも悲しみも、残虐もやさしさも、母親の膝にいるうちに
学ぶべき基本の事なのでしょう。
昔も母親たちは、見ていたのかもしれません。
見守って育てる。
今よりもっと、息苦しくない時代だったのかな。
エスカレーターで遊んでいる子どもにも注意しちゃうの。
でも、親は、知らん顔してるものね。
そこらへん、感性が違うのかなって思っちゃう。
今からは考えられないことをしていたような気がする。
わたしは女の子ちゃんだったので遠巻きに見てたけど
やっぱり、きゃあきゃあ言いつつ、面白がって見てた気がする。
絶対にしてはいけないことを
してしまった悔いが今頃やってきている。
このバランスも人間性のひとつなのかしら。
犠牲になってしまった生物たちは
そんな大人になった子どもたちの心の中で
ちくちくといつまでも生きているのかしら。
そう考えること自体
人間のものすごいエゴなんだけども。
注意できたら、いいなという
それをしないと申し訳ないなという自分がいて
でも知らない子に注意できない意気地なしの自分がいます。